epilogue

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「…夏休みは、日程取れそう?」 すべてがすんだ後、くったりとくっつき合っていた。 その言葉に、どきっとする。 高校生だった時間から、一気に今に引き戻される。 律の両親とは、高校生のときからむろん顔を合わせたことはあり、何度か食事をしたこともあった。でも大学に入ってからは、律は実家暮らしだったものの会う機会はほぼなくなり、たまに挨拶をしても、律とのことを根掘り葉掘りしてくることは一切なかった。 律の就職が決まり、俺は仕事に慣れてきた。だから、いっしょに暮らす約束をした。大学の頃から冗談まじりの雑談では何度となく出た話だ。それを、かたちにする。 今はネット上で物件を探している段階で、具体的なことはなにひとつ決まっていない。目が見えないこと、男ふたりであることを問題にする大家もいるだろう。障壁はないわけじゃないが、楽しみだという思いの方がずっと勝っている。 その前に、だ。 双方の親に、いっしょに暮らすことを認めてもらう。それがうまくいけば、いわゆる顔合わせのお食事会だ。 今の日本では同性は法的には結婚できないし、パートナーシップというやつが認められている区に引っ越すわけではない。だが実質、そういうことだ。緊張しないといえば嘘になる。びびってる。けど、心はとうに決まっている。 それぞれの両親たちは一度、会っている。もう十年前だ。 親は、なんとか俺が第一志望の大学に合格した後、律の親に挨拶をしに行ったそうだ。あの雪の日に、親父がぼやいたとおりに。俺は長いあいだそれを知らなかった。二十歳の成人式を迎えてもなお、俺が律と付き合っていることを知った兄貴が教えてくれて、はじめて知った。 そこでなにを話したのか、両親は教えてくれなかった。「ガキが気にすることじゃねえ」と言っていた。そして、俺は今もこうして律といる。そう思うと、親には頭が上がらない。ただのヤンキー上がりの夫婦だと思っていたけど。 あのときとち狂った俺は、律を俺にくれって、そう言った。男女のべたな結婚の場面でも、いまどき使うやつなんていないだろっていう台詞を、十七にして吐いた。 思い出すと笑えるし、それでいて、胸がしめつけられる。あの頃。俺の中は律だけだった。
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