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目、見えねーの?
田んぼのど真ん中で自転車を止めてイヤホンを取り出す。
名前のない低い山に四方を囲まれて、そのあいだの盆地は一面に水田が広がり、ぽつり、ぽつりと家が建っている。五月の連休には、俺も叔父さんのところで田植えを手伝わなくてはならないだろう。
制服は、おととし学ランとセーラー服からブレザーへと一新された。偏差値が高くもない低くもない田舎の公立高の普通科で、それだけが救いだった。
高校を卒業したら、絶対に東京に出てやるって息巻いているやつは多かった。でもいざ進学先を選ぶ土壇場になると、おじけづいて埼玉や千葉を選ぶ先輩も多かったと聞く。インターネットがあればどこででも、なんでもできるって大人たちはしたり顔で言うけれどそれは嘘だとみんな知っていた。大昔から今でも、東京に出るやつは勇者だ。
スマホを操作して、耳に流行りの曲を流す。
でも、俺は東京には出ない予定だ。兄弟三人に加えて年寄りもいるうちの家計では仕送りが厳しいことくらい子どもでもわかる。地元の駅前に唯一ある大学か、せいぜい群馬の学校に進むことになると思う。そして手堅い資格を取り、地元か近隣で就職することになるだろう。
「ふみぃー、おーす」
「おーす」
「おはよう、史緒」
ほぼみんなチャリで通うか、でなければ親の車で送られて来る。原付は数年前、事故に遭って大怪我をした生徒がいたとかで禁止になった。電車とバスなんてないも同然の土地。俺も中学の修学旅行ではじめて在来線と新幹線に乗ったくらいで、それ以来電車なんか乗ったことはない。
野球部の坂本とパソコン部の岡田。ガチムチと小太りでめがねのオタク(ごめん。でも自分でも言ってる)。
「数学の課題、やったか?」
「あったっけ?」
「一限だろー、指名されるかも」
坂本は大きなスポーツバッグを掛け、岡田は無言でスマホを横に持ってゲームをしている。
俺? 俺はひとことで言ってチャラい見た目。こっそり、検査に引っかからない程度に髪は染めていたし、学校にはつけて来ないがピアスホールも開けている。ワイシャツの下は派手な色のTシャツを着て、華々しい戦績とも血を吐くような厳しい練習とも無縁のバスケ部にゆるーく所属している。中学でもやってたし、もてそうだからって理由で。
容姿も性格もやっていることも全然違う俺たち三人は不思議と気が合って、一年の頃からつるんでる。
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