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ばか、見えないんだから渡したってわかんねえだろ。じゃっ、どうすりゃいいんだよ?
坂本たちがしゃがみ込んでひそひそ話すのが聞こえる。
あの白い杖の先っちょで障害物を確かめたりするんだ。テレビかなにかで見たことがあった。
「…貸せ!」
もたもた、ごちゃごちゃと騒いでいる友達にいら立つ。ふたりの手を行ったり来たりしている白い杖を奪い取った。
少し迷ったけど、手を伸ばして、座り込んだままでいたそいつの手を握った。
すると、びくっと肩がはねた。
あ、そうか。見えないんだからいきなりさわられたら驚くよな。
「…っと、ごめん」
肌はぱっと見、白かった。つやのある黒い髪。ガタイは俺と同じくらいか、少し小柄なくらいだろう。薄い肩。
顔ごと、こっちを見た。いや、見たというのは違うのかもしれない。俺を映していない目は、でも、澄んでいた。いろんな、少しずつちがう色が重なり合って、その奥には確かに光があった。
吸い込まれそうになって、あわてて視線を落とす。
てのひらを包み込んで、持ち手と思しき部分をなるべくそうっと乗せた。俺の手より少しだけ小さな、手。彼は右手を杖に重ねて確かめるようにふれた。
「…ありがとう」
目と同じように、澄んだ声だと思った。
立ち上がる。俺たちと同じように、これから学校に行くのだろう。
俺と入れ替わりで立ち上がった坂本と、まだめがねをさわっている岡田が息を詰めて見守っている。
「あの、大丈夫か? よかったら、いっしょに…」
「大丈夫」
その言葉どおり、おぼつかない様子はまるでなかった。方向に迷うこともなく歩いて行く。俺たちが取り残されたようなかたちになる。
「…まじ焦ったわー」
坂本が、ありありとわかるほどほっとした調子で言う。
「どうすればいいのかわかんねえもんな。気をつけろよ、史緒!」
「…ああ」
坂本たちが行ってしまっても、俺はなお立ち止まったままそいつの後ろ姿を見送った。白いうなじ、風にさらさらとそよぐ髪。やや細い背中。俺たちと同じ制服を、かっちりと寸分の隙もなく身につけている。
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