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あの夏を、今でもときおり思い出す。 スーツのジャケットはとうに脱いで雑に腕に抱えていた。俺はネクタイをゆるめ、雲ひとつないにもかかわらずどこかぼんやりとした色をした、ビルの彼方の空を見上げた。 多忙な日常の合間、仕事に追われる日々のさなかで、ふいになんの前触れもなくよみがえる。まるで昨日のことみたいに。それどころか、今もあの暑さが、あの足首を浸す水のつめたさがそこにあるみたいに。 俺にとっては人生でただ一度きりの、二度ともどってくることのない夏だとわかっていた。 あの夏。 いつも、(りつ)といっしょにいた。 律が俺の腕につかまってはじめて行った原宿の街。せいいっぱい、東京に来るのがはじめてじゃないって顔をしながら歩いた。手をつないだり、笑い合ってけんかして。俺のチャリのケツに律を乗っけて田んぼのあぜ道を走った。最高気温を更新した日も台風の日も、いつもいっしょにいた。 水底に沈みながら光り輝く水面をながめているみたいだった。まぶしさにみちあふれて色でいっぱいで、でもまわりの音はぼんやりとしか聞こえなかった。 なにもかもがきらめいて輝かしかった。慣れきった学校の風景も、うちの庭の縁側ですら。 律がいて俺がいた。ただそれだけ。 律が俺で、俺が律みたいにも感じられた。ふたりのさかいめは曖昧で、体のどこかをいつもくっつけあって、すべてのものやことを共有した。 周囲にはそれぞれの家族や、よくつるんでいた坂本や岡田もいたはずだった。それでも俺たちはいつもふたりきりだった。 あの夏。
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