ルーム貝

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「うえっ、何これ!?」 「野沢菜。へへ」  してやったりといった風に、兄はにたりと笑う。  てっきり甘い餡だろうと思っていたが、中に入っていたのは野沢菜だった。まさかしょっぱい味が、というか野菜が入っているとは思わなかった。肝を冷やしながらもう一度味わうことにする。 「あ、野菜って分かってたらおいしい……」 「おやきってんだ。なかなかいけるだろ」 「うん」  ヒロトはおやきを眺める。面白い食べ物だ。見た目はお菓子なのに、中身は全然別物なんて。  兄はコップの麦茶を飲み干してから言った。 「俺も子供の頃は色んなとこを歩き回ったもんだよ。小学生の頃って探検が楽しいんだよな」 「うん、最近そう思うようになった」 「でも、気を付けてくれよ。俺もスズメバチの巣にちょっかいかけたりさ、今思えば、とんでもないことしてたってゾッとするよ」 「ええ……」 「ガキの頃って、なんか大丈夫! って思っちゃうんだよな」  兄の昔話に呆れ果てる。スズメバチが危ないことくらい、ヒロトにだって分かる。巣に近付けば刺される危険があることなど一目瞭然だ。 「まあ、お前は賢い子だから心配ないと思うけど」 「分かってるよ」  ヒロトは目を閉じて頷いた。  何だか、ルーム貝を危ないものだと言われたようで少しむっとする。確かにあれは常識が通用しないものではあるが、別に生き物という訳ではない。まあ、じゃあなんだと聞かれれば答えられないのだが。  それはともかく、ちゃんと人に見つからないよう気を付けている。あれの存在がバレたらまたトラブルの元になるだろうが、ルーム貝はヒロトとタクヤだけの秘密だ。うっかり言ってしまわないよう注意している。  確かに自分たちは子供だが、何も考えていない訳ではないのだ。 「でも、急にどうしたのさ」 「たまには兄ポイントを稼いでおかないとな!」  兄はそう言って豪快に笑った。  ヒロトはオレンジジュースを飲もうと、冷蔵庫に移動する。  どうして、こんなにもやもやするんだろう。  自分たちの大切な宝物の価値を、否定されてしまったような気分だ。  僕たちのルーム貝は、そんなんじゃないのに。  ヒロトはいつもより少し強く、冷蔵庫の扉を閉めた。
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