幼女、帰宅中。

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 人が燃えている姿を幼い娘はただ呆然と眺めていた。忘れ去られていた古い仕掛け罠を踏んでしまったのだろう、男が全身に広がる炎を払おうともがく姿は不思議と楽しく踊っているようにも見えた。  男は人間が発したとは思えない叫び声を上げながら、のた打ち回り崖から転がり落ちていった。闇の底へと吸い込まれていった炎と、遠く消えていった断末魔の悲鳴から到底助からないことは幼い子供でも分かっただろう。  ギラついていた炎の明るさは消え、発光する鉱石で作られたランタン一つの寂しい明かりだけがその場を照らしている。とても静かだ。娘一人の呼吸音が響くほど静かだ。 「パパ……ママ……」  不安そうにランタンを抱えて娘が呟く。ここは人気(ひとけ)のないダンジョンの地下、両親どころか他の人間にもその呟きは届かない。  このダンジョンには滅多に人が来ない。宝は殆ど取り尽くされていてモンスターも現れない。素材集めにも経験を積むにも適さないから来るのは伝承に釣られて冒険ごっこをしにくる子供くらいだ。その子供も伝承に聞く宝石の花畑も黄金の実のなる森も見つからないから直ぐに飽きて来なくなる。  他に訪れる奴がいるとするなら、ついさっき燃えながら落ちていった人拐いのようなならず者だろう。誰も来ないここなら潜伏するにも悪さをするにも都合がいい。 「誰か……」  誰もいないことを察したのか、娘はその先を言わなかった。  娘は身長一メートルとちょっとといったところだろうか。服はダンジョンのせいで少し汚れてはいるものの、ちゃんとしたワンピースだ。二つ縛りの髪はリボンで飾られていて、あまり物が入りそうもないポシェットを肩から提げている。  お嬢様ではないだろうが大事にされている子供なのだろう。今頃、大人達は必死に探し回っていることだろう。  娘があてもなく、とぼとぼと歩き出す。ここは子供が飽きるほど安全ではあるが、所々崩れて足場が悪くなっていたり異様なほど肥え太った獰猛なネズミもいる。幼過ぎるこの娘には十分危険だ。
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