幼女、帰宅中。

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 現に今、娘が向かう先には昨年浮浪者が踏み抜いた天然の落とし穴がある。深さは大したことないが背の低い子供では穴から出られなくなってしまう。  ……さて、困った。実体のない私には子供の指一本分くらいの力しか物質に干渉できない。  どうやってこの娘の足を止めようか。つついたところで、どう反応するのか分からない。  辺りを見回す。私は娘と違って暗いところでもよく見える。ボロボロの板っぱちが一つ壁に立て掛けてあったので、試しにつんとつついてみた。板はパタンと軽い音を立てて倒れただけだったが、それでも効果はあったらしく娘は驚き逆方向へと素早く逃げていった。  さてさて、娘はどこへ行っただろうか。幼子の足だ、それほど遠くへは行ってないはずだ。私は娘の向かった先をぐるりと見回った。  ……いない。  どこにもいない。  まさか娘もあの崖から落ちたのではないかという考えが頭を過った。しかしそれを確かめる勇気はなく、ただひたすら近辺を探し続けた。  一度見た場所も、子供でも入り込めなさそうな所でも兎に角探した。  いた。壁と壁の間にいた。  ほっとしたのと同時に、一体どこからこんな変な隙間に入り込んだのだと首を傾げた。  このダンジョンの通路と通路の間にはデッドスペースがいくつもあった。裏道のように繋がっている隙間は、通路を迷路のように複雑にしたり隠し部屋を造ったり罠の仕掛けを収めるために生じたものだった。  もちろん人間が通るようには造られてはいないので入り口も出口もない。進んだところでどこにも行けないのだが娘は構わずどんどん進んでいった。これでは例え大人が探しに来たとしても見つけられない。  はっと私は思いつき、娘の行く方向へ先回りした。この隙間道は正規の通路と違って地面が舗装されておらず土が剥き出しになっている。ならば私でも字を書くことができる。  『この先何もなし、引き返せ』  書き終わったちょうどのタイミングで娘は来た。娘は文字に気づきはしたが、首を傾げただけでまた先へと進んでいってしまった。  そうか、まだ字を読める歳ではなかったか。
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