幼女、帰宅中。

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 するりと上層まで上り、布だらけの部屋へ向かう。常時、布を製造し続けるこの部屋には白い布がギュウギュウに詰まっていた。昔はよくこの布を収穫しにくる人間がいたのだが、今はこの布より質が良い物が安価で手に入るようになってしまったので誰も持っていかない。製造される布の形が毎回違うというのも問題なのだろう。  私が運べるサイズの布を一つ引っ張り出し、運ぶ。布を持っているので壁や床をすり抜けられなくなり少し面倒だ。  無駄に入り組んだ通路を進んでいると、カチッと聞き馴染みのない微かな音と気配がした。硬い爪が床に当たっている獣のような足音だ。野良犬でも入り込んだのだろうか、私は様子を見に行くことにした。  布の部屋から一つ下、娘のいる温泉から三つ上の階層にそれはいた。犬のようなシルエットが見える……犬ではない。狼のような姿だが違う。あれは獣ではない、モンスターだ。  このダンジョンには、もうモンスターはいない。いるのは猫か犬か狐かイタチかでかい鼠……あんなモンスターがいるはずがない。まさかあの人拐い、外から番犬代わりにモンスターを連れてきやがったのか。  普通の狼よりも遥かに大きなモンスターは鼻をヒクヒクさせながら通路を歩いている。娘の臭いに気づかれたら危険だ。  小石をコツンと弾いてみた。モンスターは一瞬小石を見たものの、すぐに興味を失い再び鼻をヒクヒクさせる。この程度では誘導できないか。何か気を引くものはないだろうか。  …………。  温泉まで急いで戻る。娘はここがダンジョンであることを忘れてしまったかのような呆けた顔でお湯に浸かっている。度胸があると言うか肝が座り過ぎていると言うか、少しは緊張感を保てないのだろうか。  娘の服は岩の上に置かれていた。布を近くに放り、代わりに靴下の片方を拝借する。  娘の靴下を持ち、念のため遠回りしてモンスターの所へ行く。案の定モンスターは娘の靴下にすぐに反応した。  モンスターが近づいてくる。私は靴下をさも小動物かのように動かし、少しずつ少しずつ立て坑とは逆方向へと誘導した。これは娘の為にやっていることだ。変な趣味があるわけでは決してない。
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