世界で初めての「サンタクロース」

1/4
28人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
 新入生が待つ教室に入ると、青年たちのキラキラした眼差しがボクを捉えた。 「起立ーッ、礼ッ!」  挨拶から一斉に上げられた顔は、どれも期待と憧れに満ちている。毎年のことながら、オリエンテーションの直後に行われる、最初の講義は心地好い。 「君たち、座っていいよ」  ガタガタと音を立てて腰を下ろすものの、背筋をピシッと伸ばして緊張している。ボクは苦笑いした。 「ははは。そんなに固くならなくていいよ。楽な姿勢で……リラックスして聞いて欲しいな。そう、暖炉の前でマシュマロやココアと一緒に、君たちのおじいさんやおばあさんから昔話を聞いたときのようにね」  若者たちは少し戸惑って、チラチラと周りと視線を交わしてから、肩の力を抜いて膝を崩した。 「それじゃあ、ボクのおじいさんの話を始めようかな」  あれは、ボクのおじいさんが、まだ駆け出しの新人だった年のことだ。身体の大きな仲間たちの中で、一回り小さなおじいさんは華奢で、ちょっと見劣りした。それに、駆け足は早かったけれど、あんまり力持ちじゃなかった。だから出動の夜も、仲間たちが次々に相棒に選ばれて宵闇に蹴り出していく後ろ姿を、しょんぼりして見送っていたんだ。 「ああ! 良かった、まだ残っていたんだね!」  そう言って、小屋の入口からバタバタと走って来たのは、やっぱり新人のニコラスさんだった。よほど慌てていたのか、制服の襟のボタンも留めかけで、帽子を小脇に抱えている。 「君は――ルドルフくんか。僕はニコラス。今夜は、よろしく頼むよ!」 「あの、ニコラスさん。ヒゲがズレてますよ」 「あっ、ははは! 急いで来たからなぁ」  頰を真っ赤にして笑うニコラスさんは、ボクのおじいさん――ルドルフを連れてソリ置き場に向かった。外はもうすっかり暮れていて、一番星が光っていた。  ソリは塗装の剥げかけた古い型のものしか残っていなかった。 「走れれば問題ないよ。それにこの型は丈夫だからね!」  ニコラスさんはカラカラ笑ってルドルフにソリを装着すると、荷物倉庫へ進んだ。今夜配る予定の荷物が入った袋が山積みになっているはずだけれど、ここでも残っていたのは田舎の民家の物置に眠っているような時代遅れのオモチャだけだった。どんなものかって? 積木とか木彫りの動物とか端布で縫い合わせた人形とか、さ。当時流行のオモチャは、ブリキ製の走る自動車やフワフワのドレスを纏ったお姫様の人形だった。 「どのルートで走りますか?」  ルドルフが尋ねると、ニコラスさんは初めて困った瞳で見詰め返してきた。 「それが……契約先のリストは、1つも残っていないんだ」 「えっ?」  この頃、ボクたちの組織はまだ世間では秘密だった。世界各国のお金持ちが、自分の子どもたちに夢を与えるために、お金を出し合って作った組織だったんだ。だから、お金持ちたちから注文されたオモチャを用意して、クリスマスイブの夜、お金持ちたちの家に注文通りの荷物を届ける――それが「サンタクロース」の仕事だった。  1年間、お金持ちたちは、彼らの子どもにこう言い聞かせた。 『いいか? きちんと親の言うことを聞いて、しっかり勉強する“いい子”でいるんだ。でないと、クリスマスのプレゼントをサンタクロースに頼んでやらないぞ!』  クリスマスイブの夜、お金持ちたちは家族と豪華な食事をして、ずっと一緒に過ごした。それなのに、クリスマスの朝には素敵なプレゼントが子どもたちの元に届いている。お金持ちたちの子どもは、自分の親がプレゼントを運んでくれる「サンタクロース」という人物となんらかの連絡手段を持っていて、プレゼントをもらえるかどうかは親のさじ加減ひとつだと信じ込んでいたんだね。 「それじゃあ……どうしましょうか?」  古びたソリに時代遅れのオモチャ。ルドルフは泣きたくなるのを堪えて、ニコラスさんを見た。  彼はしばらく腕組みしてから、ニカッと笑ってルドルフの背中を叩いた。 「ようし。僕たちは、貧しい子どものところに行こう。何年も倉庫に眠っていた残り物のオモチャだから、タダで配ったって誰からも文句は言われないよ!」  ニコラスさんの言葉に、ルドルフはちょっと元気が出た。そして、オモチャが入った袋をギュウギュウにソリに詰めて、ニコラスさんと出発したんだ。沢山の星が瞬く夜空に向かって。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!