世界で初めての「サンタクロース」

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「あ、あそこ! あの家に、子どもがいます!」  ルドルフの鼻先に付けた丸いランプがピカピカと赤く光る。知っての通り、このランプは子どもの存在があると反応する。本来は、配達先のお金持ちの家の住所をインプットしてから使うんだけれども、ルドルフたちに入れるべきデータはなにもない。だから、子どもなら誰にでも反応したのさ。 「よーし、行こう!」  ニコラスさんが握る手綱に力がこもる。ルドルフは、村外れに建つ小屋のような家の前に、慣例通り舞い降りた。 「こんばんは。こんばんは! どなたかいませんか?」  ニコラスさんは人形を片手に持って、木のドアをトントンとノックした。 「誰だ! 金なら、ないぞ!」  ドアの向こうから、男の怒鳴り声が返ってきた。 「怪しい者ではありません。僕は、お宅のお子さんに、クリスマスのプレゼントを持って来たのです」 「なんだって?! そんなもの頼んじゃいないぞ! 帰れ、帰れ!!」  ドアの隙間から覗いた男は、胡散臭そうな目つきでニコラスさんと手元の人形を交互に睨むと、バタンとドアを閉じた。間髪入れず、かんぬきをかける冷たい音がした。 「困ったなぁ」  サンタクロースと自ら契約しているお金持ちと違って、普通の大人たちは赤い服を着たヒゲ面の人物のことはほとんど知らない。怪しまれても仕方のないことだった。 「ニコラスさん、あそこ……」  ドアから離れた奥の窓のカーテンが小さく揺れて、その陰から丸い瞳がルドルフたちを見ていた。物珍しそうに……悲しそうに。 「今は、ダメだ。あとでまた来よう」  ニコラスさんは手を振ると、ソリに戻ってきた。窓の隅っこの瞳は、ルドルフたちが夜空に消えるまでずっと見ていた。  それから、幾つも家を回った。追い返される家もあったけれど、喜んで受け取ってくれる家もあった。 「噂では聞いたことがあります。私が子どもの頃、お金持ちの子どもたちが羨ましかったわ」  ある村では、5人の子どもたちのお母さんが涙を流して喜んでくれた。いつまでも手を振りながら、一家総出で見送ってくれる家族もいた。子どもたちの笑顔、「ありがとう」の言葉は、ルドルフたちの疲れを吹き飛ばし、真冬の寒空でも心を温めてくれた。 「もう一度、断られた家を回ろう」  夜を半分以上過ぎて、雲が増えてきた頃、ニコラスさんは荷物袋の中の残量を見て、キッパリと言った。地上では粉雪が落ち始めている。 「分かりました」  親が受け取りを拒否した家を、ルドルフは全て覚えていた。まずは、最初に訪れた、あの家だ。 「屋根の上に降りられるかな?」  ニコラスさんの指示で、ルドルフは屋根の上ギリキリにソリを浮かせた。とても力のいる技だったけれど、ルドルフには苦ではなかった。あの窓の隅っこから見詰めていた、小さな瞳が忘れられなかったんだ。 「どうするんですか?」 「ちょっと……この端を持っていてくれ」  荷物袋の口を縛っていた紐をシュルンと抜き取ると、ニコラスさんは一端をルドルフに咥えさせた。そして、紐と人形を抱えると、煙突の中に入っていった。細身で身軽なニコラスさんだからこそ出来る芸当だった。  しばらくして、ルドルフの咥えた紐がグンと引かれた。彼は必死で紐を噛み続け、四肢で踏ん張った。やがて、煤けて灰色になったニコラスさんが顔を出した。 「ふぅ。日頃のトレーニングが役に立ったよ!」  身体中の灰をパンパンと払って、ニコラスさんはルドルフの頭を撫でた。 「ありがとう、助かったよ」 「あなたがもう少し重ければ、大惨事でしたよ」 「あはは! 不法侵入で捕まっちゃうねぇ」  そんな笑い話が出来るほど、ニコラスさんは活き活きとしていた。ルドルフも嬉しくなった。あの子どもが、人形を喜んでくれたことが分かったんだ。 「よし、次だ。夜明けまでに終わらせるぞ!」 「はい!」  2人は、一度断られた家をひとつ残らず辿った。粉雪はさらに大きな雪になり、雲の上を飛ぶと下界が見えないから、ソリは真っ白になりながら雪の中を駆けた。それでも、煙突からの出入りを繰り返す2人の身体が冷えることはなかった。  
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