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「ねぇ、なんで南部君不倫なんてしてるの?バレたら森下先生に訴えられるわよ?」
「はあ?」
大学から程近いラブホテルの一室。
行為を終えてタバコを蒸していた藤次は、二股ともセフレとも言える三葉の言葉にポカンとする。
「お前、知っとって俺と付き合うてんか?」
「えっ??!ウソ!私たち付き合ってるの?冗談!南部君エッチ上手いしなんでも気前よくお金出してくれるから…そうね、ある種援交?」
キャハハと声を上げる三葉は、胸が大きいだけが好みだけで、顔も性格もどうでもいい、とりあえずの…弥栄子と切れた時の繋ぎの女だった。
だから、そう言って割り切ってくれているならと、本来なら喜ぶべきはずなのだが…
「あ!やっばぁ!次の講義鬼の秋津だ!私行かないと!!」
「えっ?!お、おい!!」
ヤるだけやってさよならなんてと言おうとしたが、それでは自分が援交と割り切ってる相手に本気になってるようで悔しくて、キュッと唇を喰むと、三葉がそこにキスをする。
「…じゃあね。悪い遊びはやめなよ?南部君。」
「みつ」
言うより早く部屋を出ていく彼女の背を見送り、1人になった藤次は、煙草を灰皿に捨ててベッドに寝そべる。
「どいつもこいつも、薄情なもんやな…」
呟き、まだ時間があるから誰か他の女を呼ぼうとした時だった。
ピコンと、先程の三葉から画像付きのメールが届く。
「なんや…紫陽花?」
画像は、梅雨の晴れ間に咲き誇る、雫を湛えた紫の紫陽花が咲く垣根。
なんて事ない画像だが、その垣根の先の旅館らしき場所に入って行く2人組を見て、藤次は目を見開く。
「弥栄子と、柊木?」
仲良く寄り添い楽しそうに談笑している男女は、約2年に渡り不倫関係にある弥栄子と、可愛がっていた後輩…柊木拓真だった。
−柊木君、虫も殺せないような顔してやるよね!奥さん、言ってたって。土地言葉丸出しの田舎猿より、綺麗な標準語と若いあなたの方が何倍も素敵って!だからさ、もう不倫は…つか、二股かけられてた私が言うのもあれだけど、やめときなよ?南部君。私でよければ、本気になってあげてもいいからね❤︎−
「アホくさ。女心は秋の空やて、誰か言うてたやん。今更…」
そう言ってみたものの、藤次は弥栄子のアドレスを開くと、ポチポチとボタンを押して文章を作る。
−飽きた。もう連絡せんといて。さいなら。−
「…捨てられたんやない。俺が飽きたから、捨てたんや。せやから…これでええんや。」
そうしてベッドに仰向けになり、瀟洒な天井を見つめ呟く。
「女なんて、掃いて捨てる程おる。誰でもええんや。所詮恋愛なんて、このつまらん人生の、ただの暇つぶしや…」
だからこの先も、女を愛する事はない。
紫陽花の移り気な花色のような女の心を信じて何になる。
いや、本当は自分が…傷つきたくないだけ。
本気になって、相手に捨てられる惨めさを恐れているのか。
分からない。
けど…
「そやし独りは、嫌やなぁ…」
*
「えっ?!は、初めてやったんか?お前…」
「うん。藤次さんになら、良いって思ったから…私…」
それから数年後の春。
検察官になった藤次は、部下で恋人の美智子と初めて泊まりのデートをして枕を交わした。
処女の血がついたシーツとはにかむ美智子を見た瞬間、藤次の中で何かが切れ、彼女を強く抱きしめる。
「と、藤次さん?」
「しよ。」
「えっ?」
「…結婚、しよ。大切な操、俺なんかに捧げてくれておおきに。愛してる。美智子…」
「藤次さん…」
照れ臭さと戸惑いで狼狽えながらも、自分の言葉に頷く美智子を更に強く抱き締めて、やっと独りじゃなくなる、誰かに愛される幸せを掴めると、藤次は胸をときめかせていた。
後に、今まで誰にも愛されてこなかった自分が、誰かを愛することができるのかと悩み苦しみ、結婚しようと囁いたこの女性から逃げる事になるなど夢にも思わずに…ただひたすら、色鮮やかな紫陽花のような、希望溢れる明るい未来を、思い描いていた。
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