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【2.ささやかなお誘い】
さて、そんなジェイク・フォールヒル公爵令息とテレンシア・ヴォルカー侯爵令嬢の、何かと話題になりがちな結婚の陰で、サラ・バーレル伯爵令嬢の元にもささやかな結婚の申し込みが舞い込んでいた。
お相手はエルトン・イーレンス伯爵令息。
フォールヒル公爵家のご子息とは違い、あまり話題にならない男性である。イーレンス家は古い家柄ではあるけれども、田舎に領地を持つ地味な家なのであった。
エルトン本人も顔立ちこそ精悍だが、特に目立つような振る舞いもなく、若い女性の関心を買うようなタイプではなかった。
サラは口には出さないものの、結婚の申込者がエルトンであることに少し不満だった「ほとんど話したこともないのになぜ私に?」という疑問もある。なんならタイミングも……。
「お父様、私はあまり乗り気じゃございません」
「何を言うか。もうよい歳なのに相手もおらん。選り好みできる立場でもないのだから」
「でも……エルトン様は地味な方ですわ」
「ジェイク・フォールヒル殿と比べているのか? 馬鹿者! エルトン殿はエルトン殿。ジェイク殿など全く関係ないではないか!」
「でも……!」
若い娘の気持ちを少しくらい分かってほしい。サラは涙目になった。
しかし父はくだらないと断じ、全く聞く耳を持たない。
結局父に命じられる形で、サラはエルトンと会うことになった。
約束の日まで十分に時間はあったのに、サラは何だか自分が有り合わせの結婚を強いられている気分になって、少しも準備らしいことをしなかった。
ほんの少しよそ行きのドレスをクローゼットの奥から引っ張り出し、侍女にはいつもの化粧とヘアメイクを頼む。
しかしお迎えにあがったエルトンは心なしか頬を紅潮させて「可愛いですね」とサラを褒めた。
そのエルトンの嬉しそうな顔が、サラをまたがっかりさせるのだった。
私は何も特別なことをしていないのに、何を喜んでいるのかしらこの人は? むしろ私が何も準備していなことを詰ってくれる方がマシだわ。
しかしエルトンはそんな乙女心には気付かず、サラを飾り気のない馬車に促した。
サラはその馬車にも不満だった。
思ったより座り心地がよかったものの、デートに使うのなら、車内のリネン類くらい少しはそれっぽくしてきたらよいのに。
馬車に揺られて着いた先は、王立公園の庭園だった。
早春。
花はよく考えられて植え付けられていたが、如何せんまばら感が拭えない。
まだほんの少し遠慮がちな新緑も庭園に物足りなさを出していた。
「少し歩きませんか」
「ええ」
サラとエルトンは、スイセンやスミレや椿などの季節の花や、訪れるメジロなどの鳥を多少楽しんだが、サラはすぐに飽きて聞いた。
「あの、なんで私に求婚を?」
「えっ?」
エルトンは唐突な質問に驚いたが、すぐに真顔になった。
「少し前の雪の日でした。王宮に乗り付けた馬車からあなたが降りてくるのを見ました。あなたは真っ白の毛足の長いほわほわのショールを羽織っていたでしょう。あの日の雪は少し強くて、容赦なく降りかかっていたのに、あなたのショールは白かったからちっとも雪が降りかかっているようには見えなかった。皆コートはまばらの雪でみすぼらしくなっていたというのに」
「へえ。それだけ?」
サラは渇いた声をあげるしかなかった。
「それだけって」
エルトンは苦笑した。
「印象的だったんですよ。雪の精のようで。それ以来あなたを見かけるたびに目で追うようになって。きっかけなんてそんなものです。でも今は、あなたのことをもっと知りたい」
「ふうん」
サラは不満だった。
世の話題になっているジェイク殿とテレンシア嬢は神殿で華やかな出会いをしたというのに、自分はというと白いショール!
ええ、覚えていますとも。あのショールは伯母が巻いてくれたものだったわ。
世話焼きで優しい、大好きな伯母よ。
出がけに「寒いでしょう」と自分のを私に巻いてくれたの。
私は嬉しかったけど、それがこんな出会いを生んだかと思うと恨めしい気持ちにもなる。
エルトンは少し気まずそうな顔をした。
「ご不満ですか?」
「あ」
ずばりと言われてさすがにサラは少し戸惑った。
エルトンは少し躊躇いがちに、しかしはっきりと言った。
「あなたが乗り気じゃないことは分かりました。ずっとその態度ですものね。でもそれは、私のせいかというと、そうでもないんでしょう?」
図星過ぎてサラは口を噤むしかなかった。
しかしそこで、サラはハッとした。
エルトンの含みを持った目。
知っているんだ、もしかしたら全部。このタイミングというのも。
サラは狼狽えて、下を向いた。
もうこんな雰囲気では二人で何か語れることもなく、エルトンは無言でサラを馬車に引き戻し、気まずい雰囲気のままバーレル伯爵邸まで丁寧に送り届けたのだった。
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