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【4.正体】
それから半月ほどたったとき、サラはエルトンから呼び出された。
ジェイク・フォールヒル殿との顛末を白状してしまい、また心の整理もできていないことに、もうこれはエルトンとの話もなくなるだろうとサラは覚悟はしていた。
しかしエルトンが指定してきたのが旧市街の神殿跡ということで、何か特別な話でもあるのかと思いサラはひどく緊張した。
神殿跡ではエルトンの侍従が待っていて、サラの顔を見ると人差し指を立てて「静かに」と目配せし、音を立てないように神殿の教壇の裏へ引っ張っていった。
すると教壇のところに人影が二つ見えた。
一つはエルトン。もう一つはジェイクだった。
ジェイクはいつもと変わらぬ笑顔だった。
「どう、エルトン。君の方の婚約はつつがなく進んでいるかい? 早く君の幸せな話も聞きたいよ。応援しているんだ」
エルトンはちらりとサラが隠れている方に目をやった。
「どうでしょうかね。うまくいけばいいんですが」
ジェイクは残念そうな顔をした。
「やっぱり難しいかい? 悪かったね、縁起の良くない令嬢を紹介したりしてさ。あ、いや、彼女は悪くないんだよ。実際僕が彼女に最初に目を付けたときも、とても慎ましやかで問題がなさそうに思えたからさ。ただ、僕との縁談だけ何かちょっと曰く付きになっちゃっただけで……」
「いや、縁起とか、私はそこまで気にしないので。ただ彼女はあなたのことをまだ引き摺っているようなのでね」
エルトンがため息をつくと、ジェイクは困惑の顔をした。
「ええ!? それは困るよ、もうすぐ一年たつのに!? 重すぎる気持ちは碌なことにならないからね、僕をあきらめてもらうためには、やっぱり君が頑張ってもらわなくちゃ」
「それがジェイクの本心ですよね。普通の女なら縋りつく気を失くす」
エルトンは苦笑した。
ジェイクはきょとんとする。
「何か言ったかい?」
「いいえ。ジェイクはたいそう縁起を気にするんですね」
エルトンは淡々と言った。
「そうかな。そんなつもりはないけど。でも、そうだね、僕が幸せでいるためには、幸運だけを集めればいいと思わない? 僕はきれいで、問題のないものに囲まれていたいだけなんだ」
ジェイクは屈託のない笑顔を見せた。
「で、逆にケチのついたものは捨てるんですね。夏の雪は気味が悪かった?」
エルトンは無表情だ。
「そりゃ。普通じゃないから嫌だね」
ジェイクは首を竦めた。
エルトンは鋭い目でジェイクを見た。
「では例えば。テレンシア様のお子が生まれつきご病気だったらどうするんですか?」
ジェイクは首を振った。
「えー。テレンシアはここの神殿で出会った。神の加護のもと。何も悪いことは起きないよ」
「そうかもしれませんが、それでも何かあったとき」
「それでも何かあったとき? それは、そうだね」
「そうって。離縁ですか」
「はっきり言わないでよ、エルトン。僕が薄情者に聞こえるだろ。にしても今日のエルトンは少し変だね。幼馴染とはいえ、急に神殿跡なんかに連れてきて。まあ、テレンシアとの思い出の場所だからいいけどさ」
ジェイクはちらりと神殿を見回した。
エルトンはゆっくりと嚙み含めるように言った。
「ジェイク。あなたと双子の弟君が流行り病になったとき、この神殿で祈りが捧げられたのでしたよね。でも祈りの甲斐なく弟君が亡くなって、あなたのお爺様がこの神殿を廃した。でもあなたは自分が死ななかったのはこの神殿のおかげだと思って決して疎まない。神殿のことは別にいい、ジェイク。でも、今もあなたは怯えている。死んだ弟と自分を分かつものは何だったのかと。いつも縁起の悪いものを排除して、不幸が近づかないことだけを考えている。それが誰を傷つけようとも」
ジェイクは暗い視線をエルトンに向けた。
「黙れよ。験担ぎの何が悪い」
サラはそうだったのかと得心が行き、胸を覆う靄がすっと薄くなっていくのを感じた。
ジェイクが立ち去ったあと、エルトンはサラが隠れていた場所に速足で近づいてきた。
エルトンは青白い顔をしている。
「サラ、分かりましたか? あれがあの男の正体です。何かの影に怯えていて、それを遠ざけるためには人を傷つけることを厭わない人です。テレンシア様はもう気付いている。何かあったとき、捨てられるのはジェイクの方だ」
サラの頬を涙が伝った。
「ジェイク様はあの時縁起が悪いと言った意味が分かりました……。でも、あなたもひどいわ、ジェイク様に頼まれて私に求婚したの」
エルトンはそれには大きく首を横に振った。
「違いますよ。別に取り立てて特別なこともない白いショールと雪です。その後で、あなたの名前をジェイクから聞いた」
サラは項垂れた。
「私の無礼を許してくださる? 私ったら何も知らずに」
「あなたが私とのことを少しでも前向きに考えてくれるなら」
エルトンは少しだけ優しい目をサラに向け、サラは小さく肯いた。
(終わり)
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