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パリッ。
向こうの方で高い音が聞こえる。間もなくして足音が近付き、男の姿が見えた。手には新しいシュークリーム。封はとっくに開いていて、ひとくち分、かじった跡が見えた。
「おなか空いた。料理、一旦休憩」
モゴモゴと口を動かしながら男は呟いた。
「実はさ、デザート用で買って来たんだよね。でもいっか、おなかに入ったら一緒だもん」
そしてまたひとくち、シュークリームにかぶりついた。
女の視線は、テーブルの上に置かれたシュークリームに注がれた。ふわふわの茶色い生地から顔を覗かせているのは、たっぷりの生クリーム。女はもう一度男を見たが、男は女の隣でシュークリームを食べているだけ。視線だってずっとシュークリームの方だ。かれこれしているうちに、男は大きな口を開けてそれに喰らいつき、口の端に白いクリームをつけていた。
女の喉が鳴る。
女の視線は再度シュークリームに向き、今度はそれほど時間をかけずに手が伸びる。透明のフィルムを破り、中にいるシュークリームを上半分だけ外に出した。それから、男の真似でもするかのように、大きな口を開けてかぶりついた。同じように口の端に白いクリームをつけながら、ゆっくりと咀嚼する。
数秒後には、涙が流れていた。
「コーヒーあっためるか」
男はすっかり冷え切った缶コーヒーを持って席を立つ。女はシュークリームを持ったまま天を仰いでいる。缶コーヒーを開けるときのカチッとした音、缶からマグカップにコーヒーを移すときのコポコポした音、それから電子レンジがブーンと動く音。女が鼻をすする音を掻き消すように、台所は忙しなくなった。
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