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その日の放課後。図書委員の仕事で、普段よりも下校時間が遅くなってしまった。学校指定の黒いスクールバッグを右手に持ち、駅まで歩く。
学校近くの駅から電車に乗って、十分ほど。そうして乗り越え先の駅に着く頃には、いつもは下の方がまだ赤い空が今日はほんのり薄黒くなっていた。
僕の家の最寄駅に着く電車は、普通か急行のみ。
駅の電光掲示板を見たら、十五分後に急行が来るみたい。
やることもないし、ベンチに座って待とう。
手持ち無沙汰にスマホをいじっていると、向こう側から毎日見ている人が歩いてくるのが見えた。
僕と同じスクールバッグを左肩にかけている高校生は、遠くからでも目立つ長身。高校生なのに、なぜか貫禄のある武士みたいな佇まい。……僕の好きな人。
うわあぁぁ、どうしよう!?
大谷くんに校外で会うなんて、一年ぶりだよ!?
乗り換え先の駅が一緒なんだから、偶然会うことぐらいあってもおかしくなかった。でも、朝も放課後も部活のある大谷くんと僕では、一緒になることはなかったんだよね。会えないかなと思って、たまに一本早くしたりはしてたんだけどな。
……って、そんなことよりも、どうしよう!?
何か話しかけた方がいいかな?
部活で疲れてるのに、うざいと思われる?
一人で無駄にアワアワしている僕のところに、大谷くんが近づいてくる。
大谷くんも僕の存在に気がついたみたいで、「よう」と声をかけてくれた。
「あ、ど、どうも」
どうもはおかしいな?
何でもっと気の利いた返しができなかったんだよ、僕。
人一人分の間を開けて、大谷くんは猛省している僕の隣にどかっと腰を下ろした。
ひえええ。どうする?
いや、どうもしなくていいのかな。
授業中はいつも前後の席で過ごしてるのに、学校の外で二人だって思うと、すっごく緊張する……っ!
他のベンチには人はいるけど、でも、このベンチには僕と大谷くんだけだし。
せっかくだし何か話しかけたいのに。会話のきっかけが見つけられず、無言のまま時間だけが過ぎていく。
ふと大谷くんの右手の辺りに視線をやったら、出来立てのすり傷のようなものができていた。
「あ」
思わず、口から声がこぼれ出てしまう。
「は?」
急に声を発した僕を不審に思ったのか、大谷くんがこちらに視線を向けた。
「手の甲のとこ、ケガしてる」
苦笑いしつつ、そっと指摘する。
「あ? ……いつのまに」
身に覚えがなかったのか、大谷くんは不思議そうに手の甲を見つめている。どこかにぶつけたのかな。
「大したことない」
そんな風に言う大谷くんと夢の中のアルドが重なって、いてもたってもいられない気持ちになる。
アルドも、いつもケガをしても何でもないって言うんだよね。だけど、僕はどんな小さな傷でも、やっぱり彼が心配で……。
「僕、持ってるよ。絆創膏」
僕はカバンの中を漁り、絆創膏を取り出す。
包みを破って、大谷くんの手の傷にぺたりと貼る。
大谷くんは手の甲を見つめたまま、呆気にとられたように固まっていた。
なんかデジャヴを感じて、身体が勝手に動いちゃってたけど、お、おせっかいだったかな?
嫌がられてたりしたら、どうしよう。
今さらながらに、心配になってきちゃった。
けれど、大谷くんはなぜか目を細め、わずかに表情を緩める。
「いつもありがとう」
え……。予想外のことを言われ、今度は僕の方が固まってしまう。
「いつも?」
やっとの思いで出てきた言葉は、オウム返しだけ。
「あー……」
大谷くんは視線を逸らし、息をつく。
「一年の時も、俺に絆創膏貼ってくれただろ」
それからもう一度僕の目を見て、言った。
一年生の時――。
痴漢に遭った僕を助けてくれた大谷くんへの改めてお礼をしたいって申し出は断られちゃったけど、たった一つだけさせてくれたことがあったんだ。させてくれたというか、僕がおせっかいしたというか。
今日みたいに自分でも気がつかないうちに小さな傷を作っていた彼の腕に絆創膏を貼ったこと。
さすがに僕も、いつもは初めて会ったばかりの人にそんなことは絶対しない。だけど、あの時は身体が勝手に動いてたんだ。
今日みたいに、そうしなきゃって。
僕が彼の傷を治してあげないとって。
夢の中で、いつもそうしてたみたいに。
あの日は全く意識してなかったけど、今思うと僕の行動はタビーみたいだったな。
「覚えてくれてたんだ」
一年以上前のことを思い出していたら感慨深い気持ちになって、ポツリとつぶやく。
「まあな」
大谷くんは特に表情を変えることもなく、さらりと言葉を返す。
あの日の思い出をいつまでも大事に抱えているのは、僕だけだと思っていた。だから、彼も覚えてくれていたのは素直に嬉しい。
だけど、たった一回のことで、『いつも』なんて言うかな?
なんか、違和感がある。何だろう……。
僕が考え込んでいるうちに、時間が過ぎていたらしい。
「そろそろ電車くるから」
スマホの画面を見てから、大谷くんはベンチから立ち上がった。
「あ……」
とっさに僕も立ち上がって、言葉を探す。
せっかく現実の大谷くんとまともな会話(?)が久しぶりにできたのに。まだ聞きたいことも聞けてないのに。
何か言わなきゃ、何か言わなきゃ。
そんなことを思っているうちに、大谷くんはベンチからどんどん離れていく。
「じゃあな、タ――」
大谷くんは何かを言いかけて、ハッとしたように口をつぐむ。
「藤村」
言い直し、大谷くんはちょうどホームについた赤い電車に乗った。
電車のドアが閉まった後も、ドア越しに大谷くんを見てしまう。一度だけ目が合ったけど、気まずそうにそらされてしまった。
もしかして、もしかする?
さっき、僕のことタビーって呼ぼうとした?
大谷くんも僕と同じ夢を見てた……、とか?
いやいやいや! さすがにそれは僕に都合良すぎじゃない? 早まるな、僕。
ついつい早合点してしまいそうな気持ちをどうにか抑えつつも、やっぱり期待を捨てきれない僕だった。
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