どうだっていいでしょ。

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 見栄を張ってるわけじゃないの。主人と別居中なんて、わざわざ人に言う必要ある?私は離婚してもいいんだけど、主人にはその気がないみたいなの。理由は単純。私の貯金。私、お金は掃いて捨てるほど持ってるの。でも主人は持ってないの。きっと私の顔が福沢諭吉に見えてるんだわ。  つくづく子供を作らなくてよかったって思っているわ。そんな男との子って嫌だもの。  今日も私は好きな時間に好きなことしてる。すると高校時代のクラスメイトの沙里からメールが来て、来週の土曜日の昼にプチ同窓会を開催するから出欠の返信をして、というもので私はすぐに出席って送信したわ。  プチというのはごく親しい人たちで集まるから。すると面白いことに、友達の友達の友達といった人が参加することもあって。当時そんなに親しくなかった人でも、お互い大人になっているから意気投合したりして、それを機に親しくなったりするの。逆に当時仲良かったのに今は話が合わないって人もいるし。   私にとってプチ同窓会の楽しみはそれだけじゃないの。別居中とはいえ主人は主人。仕事は国家公務員。彼の実家には資産はないけれど、外見は悪くないし、むしろ良い方で酒もタバコも嫌い。趣味は映画鑑賞と低山の登山。英会話できる。性格は温厚で友人も多い。とりあえず自慢できる人ではあるの。そんな人と別居中のワケはひとつ。彼は私のことを褒めない。結婚した当初は何かと褒めてくれてたのに。 「真由は可愛い」「綺麗だ」「頭もいい」「料理上手」「字がきれい」などなど。それが次第に減って、とうとう何も言ってくれなくなったのよね。私のことどうでもよくなった印象。そんなつまらない人と一緒にいても仕方ないと思って別居に至ったの。  で、クラスメイトから、 「真由が羨ましい」  とプチ同窓会のたびに言ってもらえるの。それこそが私が強く幸福感を感じられるときなの。みんな口を揃えて言うの。 「真由ってお金持ちだし、旦那さんイケメンで優しいし、真由だけズルイなぁ」  人から羨ましがられてるって快感。心の裡では嫉妬しているだろうけど、嫉妬されるほどの身分ってことでしょう。私にとってのプチ同窓会は私の幸福感を確かめるところなの。    毎回、美容室へ行ってネイルサロンにも行って、服も靴もバックもアクセサリーも買い揃えてプチ同窓会に参加しているの。今回ももちろんそうしたわ。  会場はいつも同じ店。庶民的なお食事処。和洋中何でもあり。奈子の友人の店。私はあえて少し遅れて行くの。みんなの注目を浴びたいから。店へ入ると貸し切りの店内、、クラスメイトの視線が私に集中。いい気分だわ。 「おっそーい。ここに坐って」  沙里の近くの席に坐った。ふと向かい席を見ると藤木君がいた。これまで参加したことのない藤木君が、 「よっ。御無沙汰。十七年ぶりだね。城山、変わりないね」  と満面の笑みを私に向けてくれた。藤木君は当時女子の人気者だった。 「ずっと大宮から声をかけてもらってたんだけど、なかなか都合がつかなくてさ」  そうだったね。プチ同窓会のメインの男子メンバーのひとり山田君。彼の友達が大宮君。だから時々大宮君は参加していた。 「これで全員揃ったから乾杯しましょう」  と奈子が言って全員で乾杯した。 「聞いてるよ城山、セレブな暮らししてるんだって」  藤木君が笑みを浮かべて言う。彼も変わっていない。今もかっこよすぎる。 「そういう藤木君も、そのスーツブランド品じゃない」 「まあね」 「結婚してたわよね」  確かどこかの地方タレントと結婚したと、沙里から聞いていた。私の質問に応えたのは大宮君だった。 「こいつ別居中なんだ」 「え、そうなの?」 「大宮、余計なこと言うなよ」  と軽く大宮君を小突いて私に向き直ると、 「仕事上の理由で仕方なく」  と苦笑した。何て奇遇なのかしら。私の胸は高鳴った。  みんなそれぞれの近況を語り合っている。子育てとパートで多忙な日々を送る奈子のような人。仕事がハードで恋人もできないと嘆く沙里のような人。実家の家業を継ぐので大変だという山田君。フリーランスでそこそこ稼いでいる大宮君。みんな充実感よりも疲労感を滲ませて語っていたわ。 「このなかではやっぱ真由がダントツ楽な生活しているわね」  と沙里が言うと奈子も大きく頷いた。迫田君も大宮君も「だよな」って羨望の眼差しで私を見てる。他の参加者も羨ましげに私を見る。これで私のこと話題にすると思ったら、 「うちなんか両親が高齢だから、すでに介護してるのよ」  と他の参加者が言い始めると、 「俺もだよ。俺が自由業だからって、祖父母の面倒押し付けられていてさ。彼女に逃げられちゃったよ」  とまた別の参加者が言って、話題はどんどんつまんない方へ進んでいった。子供の受験のことや学校のこと、仕事先のこと老いた家族。どうだっていいじゃない。それよりも私の服やアクセサリーやネイルのこと話してよ。 「真由のネイル、ステキね」って誰か気付いて言ってよ。私はとても苛々した。でもあからさまに嫌な顔できないじゃない。私は食事しながら適当に話を合わせた。何て退屈。何てつまんないの。 「その点、本当に真由はいいわね」  と沙里がやっと私のことを話題にしてくれそう。 「羨ましい限りよ。代われるものなら代わって欲しいわ」  と奈子が微苦笑を浮かべた。 「そうなのね」  と、わざとらしく手の甲を彼女たちの方に向けてみたけど、何の反応もなかった。 「そうそう松上さん、旦那からDV受けて逃げたらしい」  と大宮君が他の話題を持って来て、それからは参加していない人たちのことが話題になった。もう、そんな連中のことなんて、どうでもいいじゃないの。それより私のことを話題にしてよ。結局最後までつまらない、どうでもいい人たちの話でお開きになった。  店の前で再会の約束をして別れた。ほんと面白くなかったわ。 「城山は帰る?」  と藤木君に声を掛けられ、 「どこかでコーヒーでもって思ってるわ」 「俺も。一緒にどう?」 「いいわね」  私と藤木君はこの店の近くの喫茶店へ入った。 「城山、あまり飲んでなかったね。お酒は弱いの?」 「どうかしら。お酒って百害あって一利なしって気がして」 「面白いこと言うのは昔と変わんないね。ところで爪、オシャレだね。洋服と鞄、靴、アクセサリーもコーディネートしてるんだろう」 「気付いてくれたの、嬉しいわ」 「フツウ、気付くさ」  と目を細める藤木君。もしや彼、私のこと気になってる? たぶんそう。 奥さんと別居中だって話だし。高校のとき付き合ってはなかったけど、お互い好意は持っていたはずなのよ。同窓会って焼けぼっくいに火がつくっていうし。うふ。 「藤木君、別居中なんでしょう。大変じゃない?」 「まあ。でも事情が事情だし。城山はどうなの? 本当に何もない?」 「ええ。主人は元気。いい人だし」  あえて別居中とは言わないの。その方がいいような気がしたから。  私たちはたわいないお喋りをした。帰り際に、 「機会があればまた会おうな」  と藤木君が言った。やっぱり私に気があるんだわ。 「ええ、ぜひまた会いましょう」  と私は笑顔で応えた。  主人と私は冷え切っていて滅多に会っていないの。主人に女ができても平気。私には藤木君がいるから。  あの日から時折、藤木君からメールやlineが届いていたの。だけどそれも最初のうちだけで次第に件数が減って来て、半年経過した頃には全く何も来なくなったの。きっと何かあったに違いないわ。だから今度は私の方からこまめにメールやlineを送ったの。でもなかなか返信はなくて。  ようやく返信があったの。 『ごめんな、忙しくて』  たったそれだけ。私はとてもとても心配したのよ。なのにたったそれだけ。それに本当に忙しかったのか私にはわからないから、藤木君の状況を確かめることにしたの。  彼の住所は知ってるから家まで行った。安っぽいマンションに住んでいたわ。いきなり部屋を訪ねたら嫌がられるでしょうから、暫く外で待っていると運良く現れたの。藤木君の後を付けると駐車場へ行って軽ワゴンに乗った。え、外車じゃなくて。そんな車に乗らなくてもいいようにしてあげるわ。私なら家だって買ってあげられるわ。もう藤木君たら我慢しなくていいのに。  翌日も藤木君のマンションへ行った。車でね。彼の後を付けるために。でも軽ワゴンはなかったから戻って来るのを車の中で待ったの。半日待ってようやく軽ワゴンが駐車場に停まった。車から藤木君と女の人が降りて来た。奥さんだった。前に奥さんの写真を見せてもらっていたからすぐにわかったわ。別居中のはずよね。それとも嘘をついていたの?きっと奥さんが離婚したくないって言ってるんだわ。うちの主人みたいに。それじゃ藤木君が大変だわ。私が力になってあげましょう。  私は藤木君に相談があるといって例の喫茶店に呼び出したの。 「相談って?」  心配そうに私を見つめてくる藤木君に、悠傷な面持ちで、 「主人と別れるかもしれないの」  と重々しい口調で言った。 「うまくいってるんじゃないの?」 「このところ色々あって。主人にとって私は財布だったみたいなのよ。私のことが好きなのではなくて、私の持っているお金が好きだったの」 「それはあんまりだね。じゃあ離婚の話は進まないだろう」 「そうなのよ」 「弁護士に相談するしかないよ」 「そうね。ところで藤木君の所はどうなの?」 「うん、まあ、何ていうか、」  言葉を濁しているけれど困っているはず。私は力を込めて言ったわ。 「お互い力を合わせて頑張りましょう」 「力をを合わせる? いやちょっと無理かな。俺じゃ君の力になれそうにないからさ、弁護士に相談した方がいいよ。俺のところは気にしなくていいからさ」  そう言うと席を立って帰って行った。私は彼の態度が気に入らなかった。だから彼の後を付けた。藤木君はマンションへ戻らず奥さんが住んでいるアパートへ行った。なぜ奥さんが住んでいるのを知っているかといえば、私は探偵事務所に依頼して彼女のことを調べたの。あのステキな藤木君のハートを射止めた女の素姓を。  沙里が言っていたように地方のタレントだった鶴江利香は藤木君より四歳年上。地方に赴任中だった藤木君に出会い、彼が地元に戻るとき付いて行くと決めてタレント業を辞めた。ここへ移り住んだ後、芸術活動をしている。雑誌に取り上げられたり、新聞にコラムを書いたり。  充実している江利香が嫌い。私だって大学のときファッション誌で読者モデルしてたし、出来ることはいっぱいあるわ。  ほんと彼女目障りだわ。そこで考えたの。ファンのふりして徹底したプレゼント攻撃をしてやろうって。  私は江利香に高級な食器、花瓶、家具、絵画などを日を置かず届けた。もちろん偽名で。するとある日藤木君から連絡があったの。相談にのってほしいって。  私たちは例の喫茶店で会った。 「悪いな、城山も大変なのに」 「いいのよ」 「その後進展は?」 「ないわ。仕方ないから別居婚って、新しい生活スタイルって考えたらいいかもって、思うようになっちゃった」  と微笑する。藤木君は真顔で、 「ポジティブだな、城山は」 「そう? で今日はどうしたの?」 「実はさ、江利香がタレントやってた頃からのファンからここ最近、高価な品が届いてさ。その数も凄いうえに、ダイヤモンドなんかもあって。昨日は百本の薔薇だった。ファンレターも毎日のように来ていてさ。不気味で、気味悪くてさ」 「そうね、度が過ぎているわね。そのファンってお金があり余って使い道に困って推し活のつもりなのかもよ。要らないんだったら換金したら?」 「そうも考えたけど、もしも返してくれ、なんてなってもと思うと出来なくて。警察に行っても『熱烈すぎるファンじゃないの』って言われてさ」 「確かにそうかもね」 「プレゼントが届き続けて三ヶ月以上経っているし。江利香が怖がってて」 「怖がってるの?」  私は心配しているふりをした。 「そのファンには心当たりないの?」 「ないらしい」 「困ったわね。レンタル倉庫? コンテナ?そういう所にでも仕舞っておいたらどうかしら。それと奥さんは一度メンタルクリニック受診された方がいいんじゃない? 何だったら私が付き添ってあげてもいいわよ」  と真剣な顔して言ってみた。藤木君は小さくかぶりを振った。 「気持ちだけで充分だよ。話を聞いてくれてありがとな」 「ううん。また何かあったらいつでも呼んで。おふたりの力になれることがあるなら、できる限りのことはするから」  藤木君、あなたの力になれるのは私だけなのよ。江利香は駄目。あなたを困らせるだけよ。    江利香はメンタルクリニックを受診したみたい。私は贈り物作戦を続けたわ。高級品から少しずつランクを下げていって、下着やAVや首と胴をバラした人形を送り付けた。盗撮した江利香の写真もね。  可哀相に江利香はせっかくメンタルクリニックに通院しているのに、良くなるどころか悪くなってるみたい。  藤木君は大宮君にも相談したようだから、私はこの作戦を止めたの。つまんない。  藤木君は時々私に連絡をくれるようになったけど、いつだって江利香のことばかり。江利香のことなんてどうだっていいでしょう。  みんなどうして私のこと見ようとしてくれないのかしら。主人も沙里も奈子も山田君も大宮君も藤木君も。  あんたたちは自分のことなんてどうだっていいんだから、私をしっかり褒めそやしなさいよ。私はそのためだったら何だってするわ。  みてなさい。後悔させたげる                               (了)
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