恋愛にはならない

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「梢、どうかしたの。顔色めっちゃ悪いけど」  そう言って乗り込んできたのが、直人だった。今日は一緒に買い物に行く約束をしていて、大宮駅で合流することになっていたのだった。 「あ、いや、その…雪の日に電車に乗るの、ちょっとトラウマで」  そう言って、子供の頃のことを直人にまだ話していなかったのに気付いた。直人とは大学時代からの友人だが、雪の少ないこの土地では機会もなかったのでわざわざ話すこともなかったのだった。 「トラウマ?」  怪訝そうな彼に、子供の頃の話をしながら電車は新宿に向かっていた。 「軽いPTSDみたいなもんかな。言ってくれれば別日に変えたのに」 「二駅くらいなら我慢できるかなと思ったんだよ。ここは雪崩が起きるような場所じゃないのも分かってるし…」  ドタキャンなんてしたくなかった。そういうものを私は好まない。  あの田舎のように隣が山で隔てられているような土地ではない。分かっている。分かっているのに憂鬱はそんなの関係なく、容赦なく襲ってきたのだった。 「まぁ、俺がいるしな。孤独ではなくなったわけだ。これで少しは怖くないだろ」  言われてホッとするのが分かった。  直人のこういうところ。人をホッとさせる包容力みたいなものを彼は昔から備えていた。長く友人として過ごせるのも、彼の包容力あってのことだったと思う。  本当は昔、それこそ仲良くなって少し経った頃に、好きかもしれないと思って告白をしたことがあった。人生で初めての告白だったのだが、彼はやんわりと、けれど誠実にお断りをしてくれた。 「彼女がいるんだ。それに、梢は友達。大事な友達なんだよ」  そう言ってくれた。友達――それがなんだか妙にしっくり来て、ああ、これは恋心じゃなくて本当に大切な友人なんだ、と気付いたときから、私たちの距離感は逆に近くなったように思う。気まずくなることはまったくなかった。あの頃は四人組だったのを思い出す。 「直人のお陰で、楽になった。ありがとう」 「元々、約束してたんだから来るのは当たり前じゃん?」  そう言って、得意げに笑った直人を見ていたら、なんだかこちらも笑えてきてしまった。 「それもそうか」  二人して顔を見合わせてクスクス笑う。
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