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まり
あれから半世紀近く立っているのに関わらずマリの見た目は全く変わっていない。年のころは中学生くらいにすら見える。つまり、この子はマリではない。マリにそっくりな少女だ。僕は冷静に、思考を巡らせた。
「ごめんなさい、すぐ出ますっ」
声までマリにそっくりな少女は、焦った顔で、紺色のセーターの上にダウンジャケットを羽織り、足早に僕の隣を駆けて行った。
「ま、マリ……」
「え?」少女は廊下で立ち止まって、こちらをバッと振り向いた。
「どうして、わたしの名前を?」少女は疑問を絵に描いたような表情を浮かべ、こちらを不審そうに見てきた。
なんと、名前まで同じだと言うのか。僕の方がむしろ驚いている。
「あ、いや、申し訳ない。ちょっと友人の昔に似ていて……」
僕は必死に弁明した。決して不審者ではなく、昔ここの卒業生で、懐かしくて東京から来たこと。マリという女の子と一緒で、似ていてつい口走ってしまったこと。僕がひとしきり早口で話し終えると、マリはなあんだ、と朗らかに笑って教室に戻った。
「ごめんなさい、つい、地元の人かと思っちゃって」とマリは錆びた机に腰掛けて笑った。
「ど、どこから、入ったんだい?表には足跡すらなかったようだけれどーー」
マリは教室から校庭につながる引き戸を指差した。外には点々とした足跡が残っている。
「本当はもちろんダメなんだけど、ここからいつも入ってる」
笑った時に出る笑窪、彫りの深い彫刻のような顔立ち、小柄な背丈。見れば見るほど、マリにしか見えなかった。
しかし首には新しいスマートフォンを下げているし、服装だって、流行は分からないもののーー今の中高生が着ていそうな服である。よく見ると、髪はポニーテールになっている。どうやら、マリにそっくりな女の子のようだ。
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