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“……あの、風龍さま。“
“ええ。なんでしょう。”
“やっぱり私、怒ってるかも。“
“うっ……。”
豆腐を喉に詰まらせてうめくような声を出した風龍だったが、少女のただならぬ雰囲気を感じ取り、黙り込んだ。
暗闇を背景にした空間に、ピカピカと蛍のような虫が光りながら舞い、すうっと舟が滑るように通り過ぎていった。
静かに、少女は息を吐いた。
“……風龍さまは、風を吹かせるのがお仕事なんでしょ。”
“え……ええ。そうですよ。”
“どうしてそんな酷いお仕事を……始めたの?”
風龍は、風を吹かせる仕事を『始めた』ことはない。
永遠に、無限に遡れる時の原初から、それはずっと風龍の生の一部だった。
始まりも終わりもない、ただの円環。
だから、この仕事を始めた理由など、あるはずもない。
……しかし。そんな答えが求められているわけではないことくらいは、さすがの風龍にもわかる。
少女の目には、透明な真珠のような涙が盛り上がっていた。
彼女の幼い手が、何度も何度もまっさらな砂を撫でる。
……「星サイダーお化け」「ドクロとんぼ」「あんまり濃厚なので海を超えて香るコーヒーアイス」。
きっと。
頑張って描いたのだろう。
想像を膨らませ、少しずつ仲間を増やし、あの不思議な生き物たちに、友達や家族や先生や命の恩人を作り出してゆく途中だった。
それを、風龍の巻き起こした風に全部攫われて。少女はとても悲しんだ。
(………。)
風龍は、じっと少女のそんな様子を見守る。
風龍には風龍なりの哲学があり、それを基準に生きている。
今日こそはそれを少女に伝えるべき日だと、風龍は判断した。
“みっちゃん。“
“………なに。”
“『私が砂の模様を吹き消す理由』を教えましょう。“
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