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「————星サイダーお化け、ドクロとんぼ、あんまり濃厚なので海を超えて香るコーヒーアイス。それから他には……ピリリと山椒香るマスカットに、血の寒天ドラキュラ、一本道にくるくる転がり白カーペットを広げ続けるおしぼり……。」
呟くように歌っているのは、星の川の風龍だった。
幾千万を超える永遠を生き続ける風の神は、関わりを持ったことのある命のうちの一つを、静かに思い出していた。
……みっちゃん。あの子は、……とってもいい子だった。
彼女の描く絵は、不思議な魅力を持っていた、と風龍は思いを馳せる。
たとえ一瞬の輝きの後にあっという間に消される運命にあったとしても、関係ない。刹那のうちに展開される幼い彼女の世界を覗くのは、とても楽しかった。
ふう、とため息をついて、風龍は砂の上を風で一掃する。
ざあっと舞い上がる極小の銀色の煌めきたち————その中に含まれるのは、様々な思い出。
「さあ。みっちゃん。一緒に行きましょう。」
大風で舞い上げた砂。さらりと光ったのは、ずっと昔に野晒しになって風化した、白い粉。それはまごうことなく————みっちゃんの骨。
彼女が年老いて、ついに銀の砂に倒れた時。
風龍はいつも通りに吹きすさび、その遺体を砂に覆い隠した。年月が経つにつれ、老女となって衰え死んだ彼女の痕跡は消えてゆく。最後には骨の欠片までを、風龍は跡形もなく消し去った。
今はただ、彼女は砂の一部となっている。
誰が見ても、正しくあの少女の顔を思い出すことはできないだろう。
だって、ただの砂だもの。
………でも。
“……風龍さま。私をどこへ連れていってくれるの?”
“どこへでも、ですよ。この果てなき星の川の、果てまでも、私は爽やかに吹いてゆけるのですから。”
“……うふふ。風龍さまが面白いこと言ってる。”
“私はいつでも面白いですよ。”
“そう?……私ならもっと面白いお話ができると思うけど。”
“それはとても嬉しいです。ぜひ道中聞かせてください。”
耳を澄ませば、聞こえてくる。
風化した思い出も。この手で消し去った様々な砂の上の痕跡も。失われたはずのたくさんの記憶も。
ただ耳を傾けるだけで、風龍の耳には響いてくる。
風龍は、彼らを消し去ったのではない。
彼らを爽やかな未来へ連れてゆくために、一番都合のいい状態へ変化させただけなのだ。
だって。
そうだろう。
星型クッキーのように目に見える型に押し込まずとも、もっと自由に彼らに触れ、香りを楽しみ、味わうことはできるのだ。思い出には思い出なりの、正しい付き合い方というものがあるのだから。
「みっちゃんの面白い話……永遠の子守唄みたいに、長く長く聞かせてくださいな。」
そっと囁いた風の神の声が、奇妙なリズムで川面を揺らす。柔らかなさざなみがたち、銀色のゆらめきが妖しく光る。星々の流れが、笑さざめくようにピカピカと光る。
……まるで一本の彗星のように。漆黒の宇宙にぼんやりと光る星の川を、優しげな一陣の風が吹き抜けた。
(完)
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