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ポチ、ポチ、ポチ。
うちの家のポチときたら、本当に困ったヤツだ思う。
人間でいうと結構いい年のおっさんなのに我儘が多いのだ。今日も今日とて、私がリードを持ちだしたとみるやいなや、慌てたように机の下に隠れてしまったのだから。
「ポーチ!ほら、散歩行くよ」
「ば、ばう……」
机の下から怯えたような黒い目。本当に行かなければなりませんか?とでも言いたげだ。
確かに、世間には散歩嫌いな犬は多いと聞く。散歩に行くよ、と言うとすぐ逃げる奴。あるいは、玄関で拒否犬を発動するやつ。確かに、道で自分より体の大きな犬に出会うとか、何かにぶつかりそうになったとか吠えられたとか、そういう経験がトラウマになって外に出たくなくなることもあるかもしれない。でも。
「あのねえ、いっつもそればっかり」
私は唇を尖らせる。
「怖いのか恥ずかしいのか疲れるのが嫌なのかは知りませんけど!散歩行かないと体に悪いんだよ、わかる?」
「うう、わんっ、わんっ!」
「ほら、そんな風に吠えても駄目だから。太って死んでも知らないよ?って、ポチの場合はもうちょっとご飯食べた方がいい気もするけどさあ。とにかく、適切な量のご飯を食べて、ちゃんと運動して、お日様の光に当たらないと体を壊すの。もう、イイコだから言うこと聞きなさいよ、もう!」
「ばう、うう……」
ほらほら、と私はリードを回してみせる。くるくるくるくる、赤い紐が宙を踊る。暫くポチはしょっぱい顔をしていたが、やがてのろのろと机の下から這い出してきた。
「はい、よしよし。いい子ね」
私も一人暮らしで、自分の食い扶持は自分で稼がなければいけない立場だ。夜からまた仕事があるので、散歩にもあまり長く時間をかけらない。ポチにはポチの事情があるのかもしれないが、ここで長々と時間を浪費させられるのは困るのである。
手早くポチの首に、胴体にリードを嵌めていく。ポチの黒い毛に、赤い革紐がよく映える。頭をよしよしと撫でると、くうん、と気持ちよさそうな声が上がった。
「わん、わふ……」
「あ、ちょっとキッチン行かないで!」
リードを持って歩き始めると、のそのそとポチは台所へ入ろうとした。お腹がすいているのかもしれないが、ご飯は散歩の後と決めている。今はまだ駄目だ。
というか散歩の後にしないと、お腹が弱いこの子は吐いてしまうことがあるのである。いくらすいていますアピールされても、駄目なものは駄目である。
「ほら、さっさと散歩行くよ。大人しく玄関に降りて頂戴な!」
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