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07. ……して返して
ソファーに座り肩を寄せ合い、テレビを見ていた。もう、深夜というに相応しい時間になっていた。机の上のお揃いのマグカップは、すでに湯気をひそめてしまっていた。
テレビに映っているのは、ぼくたちに関係のないバラエティで、いま旬の若手芸人が町にロケにでて、おもしろい人を見つけてインタビューをして、家までついていくというものだ。それをスタジオで、MCの中堅芸人とレギュラーメンバー、そして番宣のゲストが見ている。
「わたし、このひとにご飯に誘われたことがあるよ」
楓子が指さしたのは、ロケが上手なことに定評があり、他の番組のロケでもよく見かける芸人だった。イケメンで、ファンもたくさんいて……だけど、ネタはまだ未熟なようにぼくには見えていた。
「じゃあ、もうこいつとは共演NGだな」
「そんなことしたら、仕事が減っちゃうよ? このひと、いろんな番組に引っ張りだこなんだから」
「冗談だよ。それくらい嫉妬してんの」
こんなことを言ってしまう、子供っぽいところがおかしいのだろう。楓子は、口に手をあててクスクスと笑っている。
雪降ってるかな――と、楓子が呟いた。
テレビに映っていることとは、なんの関係もない。
テレビを切り部屋の電気を消してから、カーテンを開けてみた。目の前に広がっているのは、アパートの4階から見える真夜中の景色。
ひとひらの雪に涼やかな光が宿っているように見えるのは、きっとひとつ向こうの大通りから浮かび上がる人工の明かりを透かしているからかもしれない。
はっきりと曇り空は見えないけれど、宇宙の姿がそこにないことは分かる。ベランダはうっすらと白く染まっている。足跡はつかないかもしれないけれど、足音を静めるくらいには冷たいと思う。
楓子がぼくの右手をぎゅっと握ってくる。それに応えて手を組み直す。ぼくの指のあいだに楓子の指をはさみこむ。エアコンがうなっている。それがいま、唯一はっきりと聞こえる音だった。
やっぱり光は、ひとひらの雪のなかに宿っているのかもしれない。楓子と手を握り、ずっと肩を寄せ合っていると、そう考えるのが自然なように思えてくる。
「いつか、プロポーズしてくれると嬉しいかも」
ひとりごとのように楓子は言う。
ベランダに舞い込んでくるはずの雪が、風にゆすぶられて軌道を変えた。エアコンはいつのまにか、暗がりのなかに息をひそめてしまっていた。
「必ずするよ」
一陣の風にあおられて、一瞬だけ雪は斜めに走った。しかし深呼吸をする間を待たずに、穏やかな光を宿して、ひらひらと舞いはじめた。
ぼくたちが付き合いはじめた夏ではなくて、雪の降る冬にプロポーズをしたいと思った。はじめて告白をした日よりも、暗がりで約束をしたこの雪の日の方が、来年も、はっきりと思い出として残り続けているだろうから。
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