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深夜。2人の男女がいた山の中は、鬱蒼と緑が生い茂っており、山道はおろか、獣道すら見当たらないほど足場の悪い場所だった。
男は錆びたシャベルをその手に握り、黙々と湿った地面を掘り続けている。静寂を破ったのは女の方だ。
「なかなか出ないみたいね」
「うるさい、黙れ」
けんもほろろに突き返す。男は鼻から対話等する気などは無かった。
「黙ってたら退屈なんだけど」
「こっちの問題なんだから放っておいてくれよ」
「あら、私の問題でもあるわ」
男はそれには答えなかった。また、ほんのり明るい夜空の下で、鉄が土をすくう音だけがこだまする。
女は呆れ、ため息を吐くような声を漏らした。
「ねぇ、軽率に敵意を向けないで? 貴方のことは好きだけど、絶対的なものではないのよ」
「先に敵意を向けたのは、君の方だろ」
強めた語気の勢いで、シャベルを地面に突き刺す。どうやら作業を終えたようだ。──凹んだ地面には、青白く枯れた男の遺体が顔を覗かせていた。
「どうして、僕を殺したんだ? 不満があるなら直接言ってくれればよかったのに」
「好きだから言えないこともあるの」
「だったら、もっと上手く隠してくれよ」
男は再度、自分の死体を一瞥した。胸部は刺傷により赤黒く染まっているが、血は既に渇いているようだ。 男がそれを認識すると、ズキリと自身の心臓付近に痛みを覚える。すると、男が着ていたシャツからじわりと赤い血液が滲み出てきた。肌も、みるみるうちに青白く、色素がなくなっていく。
「死体にだったら全部話せると思った。でもそう上手くいかないものね」
「死んでからじゃ意味は無い。君もわかっていたはずだ」
「じきに貴方も、私の前から消えるのね」
「君がそうさせたんだろ」
月光も木々に阻まれ、闇に溶けた森林の奥にて、シャベルを片手に遺体を眺める女が1人。──遺体に語りかける女の言葉を攫っていくように、冷たい風が吹いていた。
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