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「ただいまぁ」
「おかえり、蒼」
「ただいま、結黄」
プニプニの小さな弟に、まずは挨拶。手洗いしてうがいして。荷物はそこら辺にほったらかして、ベビーベッドでキャッキャしている結黄を抱き上げる。
「……ふふ」
「何?」
「ううん。別に」
母ちゃんが面白そうに笑いながら、キッチンに入る。「なんだよな~」と腕の中の結黄に笑いかけて、ソファに座った。
結黄が生まれてからは、誰に言われなくても夕飯までに帰るようになった。むしろ、部活が終わったら寄り道せずに帰るようになった。勿論、付き合いの買い食いもあるけど、それだけになった。優の家やばあちゃん家にも行くのは行くけど、長居しなくなった。
結黄と一緒にいたくて。
もっと嫉妬したり、居心地が悪くなったりするのかと思ったけど、全然そんなことなかった。
むしろ、結黄のためならなんだって出来そうな気がしている。
寝てる部屋が違うから、夜泣きはよく分かんないけど。それでも、日中は積極的に結黄のお世話をしている。
オムツだって変えるし、ミルクだって作るとこからやる。お風呂はさすがに怖くて手伝うくらいしか出来ないけど、それでも一緒にやる。尚登さんに「……オレにもやらしてくんない?」って半泣きで頼まれてからは、急ぎじゃないお世話は全部ジャンケンで取り合いだ。
スマホの中の写真フォルダは、結黄で埋まりつつある。前まで写真なんてほとんど撮らなかったから、容量の小さいメモリカードしか挿してなくて、もうメモリ容量がいっぱいになりつつある。次の誕生日にはスマホに挿せる最大容量のメモリカードをおねだりするつもりだ。
「あ、そうだ。かあちゃ、」
「――なぁに?」
チロリ、とキッチンカウンターから睨みつけられて首が竦む。
「……なぁんでそんな怒るかなぁ」
「結黄が覚えたら困るでしょ!」
「まだ分かんないよ。な~?」
ほわほわのほっぺを指先でちょんちょんする。「ゃふふ」と笑う結黄が可愛い。
ふにゃふにゃの顔で結黄に笑い返していたら、ふっ、と母ちゃんが笑う声がした。やれやれという溜め息の後、いつもの声に戻った母ちゃんに「で? なぁに?」と先を促された。
「来週から春休みだからさ! オレも結黄と一緒に寝たい!」
「それはだめ」
「なんでぇ」
「尚くんがいじけちゃうわよ。ただでさえ昼間のお世話が出来ないって悔しがってるのに」
「尚登さんだって育休期間は結黄にべったりだったじゃん」
「とにかくダメ。蒼はまだまだ睡眠が凄く大切な時期なんだから」
「背、伸びなくなっちゃうわよ」とからかう調子で付け加えられて、スンと黙り込む。
母ちゃんは百六十二センチある。死んだ父ちゃんは百八十センチあったらしい。だったらオレもそれなりに背が伸びたっておかしくないのに、百五十センチを越えたくらいから、伸び悩んでいる。今は百五十五センチだ。
背のことを持ち出されると黙るしかないのがズルい。
「……背が伸びたら、お風呂も蒼にお願い出来るかもね?」
「…………ホント?」
「あと、腕がもう少し逞しくなったら」
「……母ちゃんより逞しいと思うんだけどなぁ」
「母ちゃんはやめなさいってば!」
「…………地獄耳……」
こっそり呟いたつもりなのに怒られて舌を出しながら、ついでに変顔で結黄をあやす。
「あ、でも」
「んー? 何ー?」
「蒼がお風呂出来るようになっても、尚くんとジャンケンだけどね」
「……」
ジャンケン必勝法を探しておこう、と胸に誓いつつ、「筋トレでもするかな~」と呟いた。
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