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これから始まる高校生活にウキウキとワクワクとドキドキが入り混じって、やけに浮ついた気持ちになっていたことは認める。
「じゃあとりあえず自己紹介してくれな~」という担任の、まるでやる気のない言葉に内心ずっこけたのも事実だ。
だからって、あんなに気を付けないとと言い聞かせていたはずの名字を、言い間違えそうになるとは思ってもみなかった訳で。
「はたの……、林田蒼です」
やや早口で言い直した後、何を付け足したのかは忘れた。
偶然同じクラスになった優が、あちゃあ、と言う顔をしていたのも見えた。
(やっちゃった……)
「よろしくお願いします」と早口に呟いて、頭を下げたまま席に着いた。
ほんの少しクラスがざわつく。「はいはい静かに」とまたやる気のない担任の声がして、とりあえず教室がまた静かになる。次の生徒が指名されて自己紹介を始めたけれど、心臓の音がうるさすぎて何も聞こえなかった。
「やっちゃったなぁ、アオ」
「……あ~、も~、最悪だ~」
入学式と簡単なホームルームを終えて、高校生活初日は早々と終わった。
最寄り駅までの道のりを優と一緒にトボトボ歩く。
しかもあの後、「林田くん」と声をかけてくれたクラスメイトのことも、無視してしまった。呼ばれ慣れていないのだから仕方あるまい。とは言え、そんなことは誰にも理解してもらえない訳で。
「ヘコむ~。やっぱ中学の時から林田にしとけば良かったかなぁ~」
「どっちも変わんないんじゃね? 中学ン時はみんな『アオ』呼びだったんだしさ。……まぁ、その内慣れるよ」
「……だといいけど」
はぁぁ、と大袈裟な溜め息を一つ。
「今日は? この後どうすんの?」
「ん? 家帰るよ?」
「家来ねぇの?」
「ん~……結黄のお迎えあるからなぁ」
結黄はこの春から保育園に通い始めた。母ちゃんもパート勤務を始めている。「送るのは無理だけど迎えはオレがやる」と宣言して尚登さんと争奪戦になったことは言うまでもない。
そもそも尚登さんは時短勤務じゃないから送り迎えは無理ということもあって、母ちゃんが送って、オレがお迎え担当で落ち着いた。もしも日中、結黄の具合が悪くなった時は、母ちゃんか尚登さんが迎えに行くことになっている。
「すっかり弟に夢中だよな~。オレとは全然遊んでくんないじゃん」
「何言ってんだか。優だって彼女優先じゃんよ」
「だって、由紀が淋しい淋しい言うからさ~」
「ノロケてんじゃねぇっつの」
優は、中学卒業のタイミングで榎本由紀という彼女が出来た。卒業式の日に告られたらしい。中二くらいからお互いジリジリやってんなぁと思っていたら、案の定だった。
あんなにジタバタしてたくせに、付き合った途端こうなんだから、「あ~ぁ」って感じだ。
「……まぁでも。なんかあったらいつでも来いよな。オレはアオのこともちゃんと大事なんだかんな」
「……なんだよぉ、こっぱずかしいなぁもぉ」
「うるせぇ」
このこの、とじゃれ合う内に電車が来て、小突き合いながら電車に乗り込んだ。
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