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学校指定のセーターと、学校指定のウィンドブレイカーと。マフラーをして手袋をしたところで、寒さを防げなくなってきた頃、いつものように社会科準備室でのお昼を終えて教室に戻ったオレに、隣の席の女子が急に話しかけてきた。
「…………ねぇ」
「ん? 何?」
「……高井先生のとこ、よく行ってる?」
「へ? ……ぇと、うん? なんで?」
「同じ匂いがするから」
「えぇ? なに、どゆこと? くさいの?」
「違う違う。なんていうか……古い紙の匂い? 図書室みたいな匂いがする」
準備室の匂いだよね。
くんくん、と子犬みたいに鼻を近づけたのは、佐原光奈だ。今まで、挨拶くらいは交わしたことがあったけれど、こんな風に授業に関係のない話をするのは初めてのことだった。
急なことに驚きつつも、自分の制服に鼻を近づけてくんくんと匂いを嗅いでみたけれど、いまいちよく分からない。
「そんな匂いするかな……? 自分では分かんないけど。すげぇな、鼻いいんだな」
「かもね。……ていうか、図書室の匂いって、結構好きなんだよね。埃くさいんだけど、ちょっとインクとか紙の甘い匂いが混じってて。……古い辞書の匂いが一番好きなの」
「ほぇ~。気にしたことなかったなぁ」
辞書の匂いと言われて、机から出してきた辞書に鼻を近づけてすんすんと嗅いでみたけれど、やっぱりよく分からない。
「……よくわかんねぇな」
「そう? これとか、分かりやすいよ」
「わ、何この辞書。めっちゃ使い込んである。古そうだね」
「お父さんが使ってたやつなの」
「へ~……。あぁ、うん、これは分かるかも」
甘いとも古臭いとも言えそうな、独特な香りがふわりと感じ取れる。嫌な香りではないと思ったけれど。
「で? オレと高井先生がこの匂いしてる?」
「厳密にはちょっと違うけどね。近いかな」
「ぇと……ヤダ?」
「全然。気になってただけだから。疑問解けてスッキリした。ありがと」
「そか」
にこり、と笑った佐原に、なら良かった、と返して。
これをキッカケに、高校生活始まって初めての女子の友達が出来た。
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