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「……おや……」
授業を終えて準備室への帰り道。
林田くんが何やら楽しそうに話をしながら廊下を歩いているのが見えた。隣を歩いているのは、同じクラスの佐原さんのはずだ。
「……おやおや」
青春ですね、等と口の中で呟く。
(……こういうところが、『おじいちゃん』と言われる所以でしょうかね……)
はた、と気付いてズレてもいない眼鏡を上げる。
なるべく背筋を伸ばして、来た道をくるりと回れ右。なんだか、すれ違ってはいけないような気がして、そっと背を向ける。
(……彼女が出来たなら、お昼は来なくなるかもしれませんね……)
少し淋しいけれど、楽しく美味しく食べることが一番大切だから、と自分に言い聞かせていることに気付いて首を傾げる。
(…………傷ついてる……? まさか……)
そんな訳ない。もういい大人なのだから、生徒の恋愛の一つや二つ静かに見守ることなど容易いだろう、と自分の胸を撫でてやった。
(今日はなんだろな~……何でも美味いもんな~)
ワクワクしながらスキップしそうな勢いで準備室へと向かう。
「せんせ~」
来たよ~、と声をかけたら、「おや?」と何やら不思議そうな顔をした先生に出迎えられてギクリと肩がこわばる。
「あ……れ? 来ちゃダメだった……?」
「いえいえ! 少し驚いただけです」
「ぇ? なんで……?」
「いえ……。その……彼女が、出来たのでは?」
「彼女ぉ? 誰に?」
「林田くんに……?」
「ぇっ?! いないよ?!」
「ぇ?」
「ぇ?」
キョトンとした顔のまま見つめ合うこと数秒だったのか、数分だったのか。
ほんの少しホッとしたような顔で溜め息を吐いた先生が、カチャリと眼鏡を直した。
「……すみません。私の勘違いだったようです」
「ぇぇ~、もう。ビックリしたよ! なんでそんな勘違いしちゃったかな。全然女っ気ないでしょ、オレ」
「……佐原さんと、仲良さそうに歩いているのを見かけたので、つい……」
「佐原? あ~、うん。仲はいいけど……そんだけだね」
「そうでしたか……なんだかすみません」
謝られるのも複雑だな、と思いつつ、いつもの場所に座る。
「……では、お昼にしましょうか」
なんだか照れくさそうな顔をした先生が、いつもの包みのお弁当を手渡してくれるのを大切に受け取った。
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