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そうして外堀も綺麗に埋まって、オレは林田蒼になった。
引っ越し当日、転入届と婚姻届を出しに行く二人に請われて付き添って、家族になったことを見届けるはめになった。
「家族になった記念に、写真、撮らない?」
市役所からの帰り道、ウキウキした様子の尚登さんがそう笑う。
「ぁ……いいんじゃない? 蒼は? どう?」
「……うん、……別にいいよ」
「よし、じゃあ……あっちで! ね!」
『いいよ』は、『良い』じゃなくて、『いらない』の『いい』だったのに。母ちゃんでさえ気付かないんだから、今日家族になったばっかりの尚登さんに分かるはずもないけど。
そうして愛想笑いで写った写真は、リビングに飾られることになった。父ちゃんの写真は、小さな仏壇の中へ移動したのに。
だけど、弟が生まれて大きくなったら、「これ誰?」ってなるだろうし。そうなったら説明だってきっとややこしくなるから、それで良かったんだろう。
誰も間違ってない。オレがウジウジ悲しんだって仕方ない。――分かっているのにモヤモヤするから辛いのだ。
引っ越しの片付けもそこそこに、「ちょっと出てくる」と母ちゃんに声をかけて、返事も聞かずに家を出た。
前までとは違う道程に戸惑いながらも、優の家を目指す。
『晩ご飯までには帰っておいで』
ブブブと震えたスマホに母ちゃんからメッセージが届いたけれど、気付かなかった振りで通知を消した。
「あれ~? アオ? どした? 今日引っ越しって言ってなかったっけ?」
「引っ越したよ? 荷物はまだ片付いてないけど」
「ふぅん? まぁ上がれば」
ありがと、と笑って「お邪魔します」と奥の方へ声をかける。
「やぁだ、アオくんたら。他人行儀な。……おやつは? いる?」
「大丈夫です。……その、急に来てごめんなさい」
「いいわよぉ、そんなの! なぁんで急に畏まっちゃって」
あははは、と笑い飛ばす優のお母さんは、いつも明るくて元気だ。
「晩ご飯は? 食べてく?」
「それは……母ちゃんが、晩ご飯までに帰って来いって」
「そう。じゃあ、ちゃんと帰んないとね」
「……はい」
「はい、いい子。よし、じゃあいつものジュースだけ出すね」
「ありがとござます」
照れ隠しにごにょごにょお礼を伝えて、優の部屋に入る。
「どしたん。父ちゃんと上手くいかんかったんか?」
「……ん~。分かんない。……すげぇ張り切ってて、しんどい」
「そりゃあ、アオに好かれたいんじゃね?」
「……分かるけど……距離感とかあるじゃん」
「何、空気読めないタイプ?」
「読んでるけど無視してんのかも」
ふぃ~、と大袈裟なため息を一つ。
子供だけど子供じゃない。この絶妙な気持ちを、分かって欲しいというのは贅沢だろうか。
「早く打ち解けたくて焦ってるとか?」
「だとしたら逆効果って早く気付いてほしい……」
げんなり呟いたらスマホがブブブとまた震えた。さっき既読をつけなかったから、母ちゃんが心配しているのかもしれない。
もう一度、既読を付けずにメッセージを読む。
『どこにいるの? 優くんの家? あんまり長居しちゃご迷惑だから、早めに帰っておいで』
子供だから、自由な時間もない。
「…………早く大人になりたい……」
「なぁんだよまた」
優しく小突きにくる指先を黙って受け止める。
「いつでも来いよ。家の母親も、アオのこと好きだから、あの通り大歓迎だしさ」
「…………ありがと。……これ、飲んだら帰るよ」
「ん、分かった。……まぁ、ゆっくり飲めよ」
にひひ、と笑った優に、イヒヒと笑い返した。
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