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「ただいま」
「おかえり、蒼」
困ったみたいに眉を下げた母ちゃんに玄関で出迎えられた。家の中には、晩ご飯のいい匂いが漂っている。
「今日は尚く……お父さんが、ご飯作ってくれたのよ」
「……へぇ、そうなんだ」
素っ気なく呟いて母ちゃんの横をすり抜ける。
「おっ、おかえり、蒼くん。今日はオムライスだよ」
「……そう」
「あれ? オムライス好きって聞いてたんだけど……」
「……好きだよ」
「なら良かった。出来たてが美味しいから。帰って来るの待ってたんだ」
「……別に待たなくて良かったのに」
「……そんなこと言わずに。結構上手く出来たんだ。さ、みんなで食べよう」
無駄に爽やかに笑われて、その眩しさに目が開かない。
うん、と適当に頷いて、四人掛けの食卓につく。
広いテーブルの上にはサラダとスープも準備してあった。
「よしよし。じゃあ食べよう」
三人でテーブルを囲んで、「いただきます」をバラバラに唱える。美味しそうな見た目なのに、全く食欲が沸かないのはどうしてなんだろう。
「……美味しい。蒼、オムライス美味しいよ」
「ホント? 良かった。……どうかな、蒼くん」
先に一口食べた母ちゃんが優しく笑う。尚登さんがこっちを見てニコニコ笑っている。
「……うん、美味しいよ」
「良かった。オレ、料理が趣味なんだ。これから、み……お母さんだけじゃなくて、オレも作ることになるから……好きなものとか、嫌いなものとか、色々教えてくれたら嬉しい」
「……うん」
母ちゃんと顔を見合わせてニコニコ笑う尚登さんに、嫌なところなんてない。
爽やかだし、ちゃんと気遣ってくれてるし。オムライス作ってくれたし。
だけどホントは、全然美味しくない。
母ちゃんのオムライスは、ケチャップで味付けしたご飯にペラペラの薄焼き卵がのせてあるだけだった。「巻くのは大変なのよ」って恥ずかしそうに笑う顔が好きだった。
尚登さんの作るオムライスは、ケチャップで味付けしたご飯の上に、ふわふわとろとろの卵が乗っかって、その上に茶色のソースがかかっている。テレビでよく見るオシャレなカフェで出てくるやつだ。
食べ慣れてないオムライスは半分食べるのが精一杯で、スープも二口飲んだか飲んでないか。サラダなんて手も付けてない。
だけどもうお腹一杯になってしまった。
「……ごちそうさま」
「ぇ? 蒼、もう食べないの?」
「うん、ごめん。もうお腹一杯で……」
「もっと食べないと……」
「ごめんごめん。張り切ってたくさん作り過ぎちゃったんだよね。次から気をつけるね」
悲しそうな困ってるような申し訳なさそうな顔した母ちゃんが「もっと食べなさい」と言うのを遮った尚登さんは、なんにも気にしてない顔で笑っている。
「……ごめん。まさ、……友達の家で、お菓子食べちゃったから……」
「そっか。それじゃあしょうがないよな。お菓子美味しいもんな」
気にしないで、と笑った尚登さんに、「残りは明日食べるよ」と言うのが精一杯だった。
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