タイムマシン殺人事件

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「私が間土だ」  玄関で男が俺を出迎えた。ぼさぼさの髪、落ちくぼんだ目、こけた頬――映画で見たマッドサイエンティストのような風貌をしている。偉い学者だと思ったけれど、この容貌はやばいんじゃないか。 「マッド……いや、間土さんですか。駒田です」  俺は頭を下げた。頭を上げると、間土は俺に背を向けて廊下を歩いている。慌てて追いかけた。  通された部屋は、学校の教室二つ分ほどの広さがあった。元はリビングルームだったと思われる部屋は、改装されて工作室のようになっている。壁にくっ付けられた棚には、電子部品や工具類が並んでいる。その前に置かれた大きな作業台には、パソコンが二台とランドセルのような物が載っている。 「そこに座ってくれ」  間土は応接セットのソファーを示した。俺が座ると、埃が舞い上がった。正面の椅子に間土も座る。埃が舞い上がったけれど、間土に気にする様子はない。 「私の研究は時間旅行だ」  間土が言った。 「時間旅行って、タイムマシンとかに乗って行くやつ?」 「そうだ。私は長い間時間旅行の可能性を追求してきた。時間旅行が可能だと分かったのが十年前。それからずっとタイムマシンの実用化に取り組んできた。そして、三年前に研究所の仕事を辞めて、本格的にマシンの製作を始めたのだ。つい最近、その努力の甲斐あってマシンは完成した。後はそれが正常に動いて、時間旅行ができるかどうか試すだけだ。それをあんたにやって欲しいんだ」 「俺が過去や未来に行くのか」 「そうだ、私が行ってもいいんだが、万が一失敗してこの世界に戻って来れなかったら、タイムマシンの研究を続ける者がいなくなってしまうからな」  成る程と納得する。ひょっとすると、俺はこの世界に戻って来られないかも知れないってことか。どおりで日当が高いわけだ。これは怪しいというより、やばい仕事なんじゃないか? 「嫌なら無理にとは言わんよ。ここに来るまでの交通費とちょっとした謝礼は払うから帰ってくれてもいい。これまでここに来た者たちは皆怖気づいて辞めていったがね」  そう言って、間土はひっひっひっと不気味な笑い声を上げた。  間土の笑い顔を見て、一瞬帰ろうと腰を浮かしかけたけれど、直ぐに思いとどまった。俺は闇金に借金をしていて、その返済日が迫っているのだ。怖いお兄さんが凄む顔なんて見たくないもんな。 「やりますよ」 「おお、やってくれるか」  引き受けるとは思わなかったのだろう、間土は相好を崩す。  こんなやばい仕事はやりたくないけれど、金が要るのだ。 「で、俺が行くのは未来なのか過去なのか」 「過去だ。私のタイムマシンは未来には行かない」 「なぜだ」 「なぜなら……」と間土は話し始めたが、多世界解釈とか波動関数とか、俺にとってはちんぷんかんぷんのことを言う。そんな知らない外国語を聞いているような講義が二十分余り続いた。俺が理解できたのは、未来は確定した一つのものではなく、色んな未来があるということだ。そんなあやふやな未来に行く価値はない、と間土は言う。 「過去に行く価値はある。書物や遺跡からではなく、現実の歴史を 見ることができるのだからな」  学者の考えることは違うな。俺ならもっと金が儲かることに使うのにな、と思った
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