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初恋
文子は、こと恋愛に関してはおくてだった。恋に目覚めたのは高校生になってからのこと。
「いくぞ!」
サッカー部のキャプテン、アル・全珍が仲間に声をかけてボールを蹴る。それは線を描いてグランドの中ほどに飛んだ。たったそれだけで、文子の胸がキュンと鳴った。
そんな彼が来年には卒業してしまう。それまでに熱い自分の気持ちを伝えたい。ギューとハグしたり、キスもしたい。そんな気持ちを抱きながら、彼がボールを追いかけるのを見ていた。
その時だ。〝愛の館〟からメールが届いた。
【片思いの方専用:あなたの思い、魔法のぬいぐるみにこめて届けませんか?】
宣伝だった。ぬいぐるみを抱きしめた人は送り主を好きになり、送り主も抱きしめられた感触を味わえるという。
「まさか……」とても信じられない内容だった。
運の良いことに、店舗は市内にあった。さっそくそこへ足を運んだ。エキゾチックで怪しげな店舗だった。
「これが一押しです。試してみてください」
銀の指輪をした中年の店員が差し出したのは、ペンギンのぬいぐるみだった。
「この銀の指輪と、ぬいぐるみがセットなのです。ぬいぐるみを抱きしめると、指をした人を好きになるのです」
「まさか?」
とても信じられなかった。
「試してみてください。さあ、抱きしめて」
言われた通りにすると、彼が素敵に見えてくる。このままでは、本当に彼を好きになってしまいそうだ。
「私も抱きしめられて気持ちいいですよ」
彼が恍惚の表情を浮かべた。
ヤダ、キモイ!……慌てて、ぬいぐるみを置いた。
彼がスッと平静に戻った。
「いかがです。初恋を成就させませんか?」
これなら彼の気持ちを手に入れられる!……躊躇なく購入を決めた。
ぬいぐるみと銀の指輪を並べ、自分の気持ちをそれらに込める手続きをしてもらった。それから、その足で学校に戻った。
校門で、サッカー部の練習が終わるのを待った。
夕暮れ、そうしてその時がやって来た。アルが仲間とともにやって来る。
「アル先輩、受け取ってください」
「ああ、可愛いもふもふペンギンだね。大切にするよ」
プレゼントに慣れている彼は、遠慮なく持って帰った。
その夜、文子は銀の指輪を見つめて時を待った。
何かが身体に触れている感じがする。
「彼だ!」
もふもふを楽しんでいるのだ。全身に快感が走り、身もだえした。
「イタッ!」
突然、強い衝撃が頭に、顔に、腹に走った。
驚いて説明書を確認した。
【相手の反応がダイレクトに伝わります】
抱きしめられたのが分かるように、殴られたのも分かるらしい。
「アル、DV男だったかぁ」
早く気づいて良かった、と思った。
そうして、文子の初恋は終わった。
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