6.疑い

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6.疑い

「進藤さんのタバコの不始末らしいよ」  登校し、教室に入っていきなり聞こえてきた女子たちの声に、橙子は初め、耳を疑った。 「進藤さんって、3年の金髪の先輩?」 「そうそう」 「あの人、タバコなんて吸ってたの?」 「みたいよ。校舎の裏でも見られたりしてたけど」 (それはもう、昔の話だよ!)  トークに割って入りたいのをグッと堪えながら、耳を傾ける。 「でも、なんで分かったの?」 「火事が出る直前、進藤さんが山から下りて来るのを見た人がいるらしいよ」  と言ったのは、父親が地区の消防団に入っていると言う子だった。  田舎町のこの辺りは、そういう噂は早い。 (でも……)  橙子は考えていた。  敦史を見たというだけで、なぜタバコの不始末と解釈されたのだろうか?  それに、タバコは3カ月前に止めたはず。  橙子は教室を飛び出し、階段を駆け上がって、敦史の教室を覗いた。  しかし、そこに敦史の姿はなかった。  トイレにでも行っているのかと、始業ギリギリまで待ったが、戻ってくる気配はなかった。  代わりに、そのクラスの男子が、橙子のネームプレートを見て声をかけてきた。 「2年生が、何か用?」 「あの……進藤先輩はいますか?」  勇気を振り絞って訊くと、男子は怪訝な表情になって、 「進藤?……今日は来てないみたいだけど」 「休み、ですか?」 「いや、分かんない……何か伝えることがあるんなら伝えようか?」 「いえ、いいんです」  お辞儀をして階段を降り、自分の教室に戻った。  席に着くや、始業のチャイムが鳴り響く。それが、強い胸騒ぎを誘った。  帰宅した橙子を迎えたのは、さらに衝撃的な両親の会話だった。  ちょうど父も帰ってきたところで、母が、着替えをしている父に、 「進藤さんの所、夜逃げしたらしいよ」 「ああ、俺も今朝、消防団の連中から聞いたよ」 「火事の原因が、息子さんって、本当なの?」 「らしいな。タバコの火の不始末じゃないかって。警察が言うには、吸い殻と空箱が落ちてたらしい。それに、火事の直前、山から降りてくる息子を見た人がいるっていう話だぞ」 「それって、何ていうタバコ?」  たまらず、橙子が駆け寄って訊く。父が、 「ハイライトだが、なんでお前がそんなこと訊くんだ?」 「あっ、別に……」  父がまだ何か言っていたが、耳に入ってこない。  それより…… (嘘でしょ。敦史くん)  ショックで何も考えられない。  階段を登り、部屋に入ると、バタンとドアを閉めた。
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