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それでもなお、大きな父の声が聞こえてきた。
「夜逃げしたってことは、心当たりがあるんだろ。まぁ、これで橙子と離れてくれて安心だけどな」
もう聞きたくなくて、部屋の奥に駆けていき、窓を思い切り開け放った。
甘い匂いが入ってくる。咲き始めた梅の香りだ。みかん山の手前は、広大な梅林になっているのだ。
深呼吸して、胸一杯に取り込むと、少し落ち着いてきた。
「敦史くん、今どこにいるの?」
山に向かって呼びかけてみる。
何となく、あの山の向こう側に行ってしまったような気がした。
風の冷たさを感じて、窓を閉めた。そして、机に向かおうとして、誤ってゴミ箱を蹴飛ばしてしまった。
(いけない)
勢いよく飛び出したゴミを拾い集める。その中に、一昨日の夜、飯田にもらったコンビニの袋と、そこからはみ出たレシートが目に留まった。
(そう言えば、お金払ってないわ)
飯田には、個人的な借りを作るのがイヤだった。で、今度払うつもりで金額を確かめようと、レシートを見て、違和感を感じた。
(あれ……?)
買った商品名と、金額が並んでいる。
『菓子パン、紅茶、缶コーヒー、タバコ、ライター』
(先生、タバコなんて吸わないのに……まさか!)
レシートに印字されている、発行日時を探す。
『2014年2月19日17時07分』
(これって……)
そう、一昨日の夕方。
消防車のサイレンを聞いて、東屋が燃えてるのを見たのが、ちょうど17時30分のニュースが始まった時だった。
「一致する!」
橙子は、そのレシートを大切に財布に仕舞い、急いで着替えると、家を飛び出した。
全力で自転車を漕いで向かった先は、警察署。
20分ほどで着くと、窓口で事情を説明した。
中へ案内され、お茶が出される。
少し待たされてから、担当だという中年の刑事がやって来て、もう一度事情を説明すると、その刑事は、
「分かりました。貴重な情報と証拠品、ありがとうございました」
と言って、レシートをジップロックのような保存容器に丁寧に入れた。
「これで、彼、いえ、進藤敦史くんへの疑いは晴れますか?」
「うーん、あなたの仰ってる通りなら、恐らく」
「絶対、彼じゃありません。彼、タバコは絶対止めるって、私に誓ったんですから!」
熱く訴える橙子を、中年刑事は優しく受け止めるように、
「よく分かりました。状況も、あなたのお気持ちも」
と、微笑を向けてから、
「もしその通りなら、失火ではなく放火ということになります。大きな犯罪を見過ごすところでした。その意味でも、貴重な情報です」
そう言ってくれた。
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