6.疑い

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 それでもなお、大きな父の声が聞こえてきた。 「夜逃げしたってことは、心当たりがあるんだろ。まぁ、これで橙子と離れてくれて安心だけどな」  もう聞きたくなくて、部屋の奥に駆けていき、窓を思い切り開け放った。  甘い匂いが入ってくる。咲き始めた梅の香りだ。みかん山の手前は、広大な梅林になっているのだ。  深呼吸して、胸一杯に取り込むと、少し落ち着いてきた。 「敦史くん、今どこにいるの?」  山に向かって呼びかけてみる。  何となく、あの山の向こう側に行ってしまったような気がした。  風の冷たさを感じて、窓を閉めた。そして、机に向かおうとして、誤ってゴミ箱を蹴飛ばしてしまった。 (いけない)  勢いよく飛び出したゴミを拾い集める。その中に、一昨日の夜、飯田にもらったコンビニの袋と、そこからはみ出たレシートが目に留まった。 (そう言えば、お金払ってないわ)  飯田には、個人的な借りを作るのがイヤだった。で、今度払うつもりで金額を確かめようと、レシートを見て、違和感を感じた。 (あれ……?)  買った商品名と、金額が並んでいる。 『菓子パン、紅茶、缶コーヒー、タバコ、ライター』 (先生、タバコなんて吸わないのに……まさか!)  レシートに印字されている、発行日時を探す。 『2014年2月19日17時07分』 (これって……)  そう、一昨日の夕方。  消防車のサイレンを聞いて、東屋が燃えてるのを見たのが、ちょうど17時30分のニュースが始まった時だった。 「一致する!」  橙子は、そのレシートを大切に財布に仕舞い、急いで着替えると、家を飛び出した。  全力で自転車を漕いで向かった先は、警察署。  20分ほどで着くと、窓口で事情を説明した。  中へ案内され、お茶が出される。  少し待たされてから、担当だという中年の刑事がやって来て、もう一度事情を説明すると、その刑事は、 「分かりました。貴重な情報と証拠品、ありがとうございました」  と言って、レシートをジップロックのような保存容器に丁寧に入れた。 「これで、彼、いえ、進藤敦史くんへの疑いは晴れますか?」 「うーん、あなたの仰ってる通りなら、恐らく」 「絶対、彼じゃありません。彼、タバコは絶対止めるって、私に誓ったんですから!」  熱く訴える橙子を、中年刑事は優しく受け止めるように、 「よく分かりました。状況も、あなたのお気持ちも」  と、微笑を向けてから、 「もしその通りなら、失火ではなく放火ということになります。大きな犯罪を見過ごすところでした。その意味でも、貴重な情報です」  そう言ってくれた。
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