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8.事件から10年後
それから10年の月日が流れた。
大学を卒業し、24歳になった橙子は、地元の企業に勤めて2年目。
今日は有休を取って、ある場所に来ていた。
みかん山の中腹。
そう、二人だけの秘密の場所。
「2014年11月20日に、この場所に……」
そう約束したのだった。
本当は今日、二人の店をオープンするのが目標だったのだけど。それでも……、
(きっと来る)
彼なら、絶対に覚えていてくれるはず。
そう信じて、今、橙子はここに立っている。
東屋が焼けてから、ここには何もない。更地のままだ。
それでも、辺りは一面みかん畑なのは、変わっていない。
秋晴れの今日は、空気も澄んでいて、富士箱根連山、さらには伊豆の山々、太平洋の海まで綺麗に見渡せる。
あの日と同じだ。
と、背後の細い農道を登ってくる人の気配がした。
(……!)
期待を持って振り返る。そこに立っていたのは、やはりあの人だった。
「橙子!」
先に声をかけてきた。
懐かしい声だ。
すっかり大人になっていた彼は、髪を黒く染めていたけれど、微笑んだ顔は、中学生の頃の敦史のままだった。
「……敦史くん!」
橙子の呼ぶ声が震える。堰を切ったように涙が溢れ、頬を伝う。
彼の元に駆け寄ろうとしたけれど、敦史の方が一瞬早く橙子の方へダッシュしてきた。そして、その勢いのまま抱き締められた。
言葉を交わすよりも先に、お互いの温もりを確かめ合い、そして唇を重ねた。
ひとしきり抱擁し合ったことで、昂った感情が少し落ち着いてきた。けど、胸の鼓動は収まらない。
「まさか……」
橙子を見つめる敦史が口を開く。
「君がここに来てくれてるなんて思わなかった」
「なんで?そんなはずないじゃん。約束したじゃん」
「だって、俺、あんな事になって、夜逃げした身だから……」
「関係ないよ。二人だけの秘密なんだから」
「……橙子」
「私は信じてたよ。今日ここに、敦史くんが来るって」
「……ごめん」
すまなさそうに視線を落とす敦史に、橙子は優しく微笑みかけながら首を振り、
「敦史くんは何も悪くないじゃん」
と言って、今度は橙子の方から、包むようにそっと彼を抱いた。
耳元で、敦史が声を震わせる。
「会いたかった」
「私も」
二人はまた、強く抱き締め合った。
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