8.事件から10年後

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「帰って来ようとは、思わなかったの?」 「うん」 「どうして?せっかく無実だって分かったのに」 「俺、元々、評判が最悪だったから。一度あんな噂が立ったら、いくら無実ってなっても、こんな狭い田舎だからね……」 「……」  確かにそんなものだろうと、橙子も思った。  実際、無実と分かってからも、「日頃の行いが悪いから疑われるんだ」などという声を聞いていた。 「君にも迷惑がかかる」 「そんなこと、私は気にしないよ」 「俺がツラいから。君までアレコレ言われるの、まのあたりにするのは」 「……」 「近くにいても会えないぐらいなら、いっそこのまま離れていた方がマシだ、そう思ってね」 「……そうだったんだ」 「だから、これを機に、10年間、真面目に働いて、それからにしようと思ってたんだ」  敦史はそう言うと、少し満足げな顔で缶コーヒーを飲み、山並みに目をやった。  そんな彼の横顔に、 「じゃあ、今も横浜で働いてるの?」  敦史は首を振り、 「7年前に、親父が死んでから、藤沢の建築現場に住み込みで働いてる」 「えっ?お父さん、亡くなったの?」 「うん。元々病弱だったから……」 「そうだったんだ……ごめんね、何も知らなくて」 「仕方ないさ。それより、この後、ちょっとそこまで付き合ってくれないか?」  そう言って敦史と行ったのは、彼の父親の墓参りだった。  父が亡くなってから、彼岸と命日には、こっそり墓参りには来ていたのだが、10年後の約束の日の今日は、もしも橙子と会えたら一緒に行くつもりだったのだと、敦史は言った。  その帰り道。 「もう少し、藤沢の現場で頑張ってみようと思う」  敦史が、寺からの参道を下りながら言った。 「……もう少し?」 「うん。そしたら、橙子、二人の夢を叶えないか?」 「えっ?」 「みかん山の喫茶店」 「……!」 「本当は、今日オープンのはずだったんだけど……」  敦史はそう言って、バツが悪そうに笑う。その顔に、傾きかけた秋の日差しが注ぐ。  彼の横顔を眩しそうに見る橙子に、彼は笑顔を向け、 「10年後の、2024年11月20日!」  と言い切ってみせた。 「それまでに、頑張ってお金を貯めるから」 「私も、頑張って貯めるよ」 「一緒に頑張ろうな」  逞しく映る敦史の笑顔に、橙子も大きく頷く。  参道を下りながら望む山並みに、希望を感じていた。
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