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3.東屋
月曜日が来た。
恐る恐る東屋に行くと、敦史はもう来ていて、「やぁ」というように手を上げてから、
「いい眺めだなぁ……」
と言って大きく伸びをする。
晩秋の、澄んだ冷たい空気の中に、夕映えの富士箱根の山々が遠く連なる。
それから、東屋に入る。
使われていないせいで、建てつけが悪くなっている戸を、半ば力ずくで開ける。
ふわーっと舞い散った埃が、隙間から差し込む西日の中で泳ぐ。
朽ちた木の匂い。
使われなくなった農具。
「なかなかいい場所じゃん」
早くも気に入ったというように敦史は言って、新聞紙を広げ、尻餅をつくように座った。
「用意周到だね」
隣に座りながら橙子が言うと、
「当然だよ。でも、絶対内緒だぞ」
と、人差し指を、結んだ口元に立てて見せる。
「うん。もちろん」
「ここは、俺たちの秘密の場所だ」
「うん」
“二人だけの秘密の場所”というシチュエーションに、ときめきとドキドキが広がる。
薄暗いけど、隙間だらけの壁から陽の光が差し込んで、敦史の体を縞模様に映し出す。それが可笑しくて橙子が笑うと、敦史が、理由が分からないという顔で、
「えっ、何だよ」
「だって……」
携帯で敦史を映し、それを見せる。
「うわっ、まじか!」
敦史も笑った。
それからもう1枚。今度は、二人で顔を寄せ合って、写真を撮った。
「なかなかよく撮れたでしょ?」
出来栄えに満足げな橙子の顔のすぐ横で、敦史も、
「おっ。いい写真だね。俺も持っていたいけどなぁ……」
「大丈夫。ここで見せてあげるから」
「あっ、じゃあ、毎週1枚ずつ撮るっていうのはどう?」
「えぇ……恥ずかしいよ」
お互いに見つめ合って笑った。
敦史は携帯を持っていない。経済的に持てないのだ。
「でも、来年になったら働くから、そしたら俺も携帯デビューするよ」
「えっ?高校は?」
「定時制に行くことにした」
「じゃあ、昼間働いて?」
「うん」
「頑張り屋だね、敦史くんは」
「オヤジに苦労かけっぱなしだからさ」
そう。敦史の父は、男手ひとつで息子を育てている。ヘルニアを患った痛い腰を抱えながら、荷物の配送の仕事で。
「いつかさ……」
敦史が、眩しげな目をして言う。
「橙子と二人で、この辺でお店をやりたいな」
「え?」
唐突な話に、目を丸くして敦史の横顔を見やる。彼は相変わらず眩しそうにしながら、
「俺、気に入ったんだ。ここからの眺めが。だから、ここで橙子と二人の店を開いて生きていけたら、って」
「敦史くん、先走り過ぎだよ」
そう言いながら、橙子の頭の中にも夢が広がっていた。
優しく包まれるような幸福感。
晩秋のやわらかな夕日を受ける敦史の横顔に、将来への希望をも感じていると、
「そう言えば、腹減ったな」
気づいたように敦史が言った。
そうなのだ。放課後、一目散にやって来た二人は、鞄以外に何も持って来なかったのだ。
「うん。私も」
途端、「ぐ~」と、二人のお腹が同時に鳴った。それが可笑しくて、顔を見合せたまま声を上げて笑った。
「よし。来週はそこのコンビニで何か買って来よう」
「うん。そうしよう」
「寒くなってきたね」
「そうね。そろそろ帰ろっか」
「おっ。これから冬だから、カイロも買って来よう」
「名案!」
こうして、初めての東屋は終わっていった。
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