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M高は、毎年有名大学に多くの合格者を出している、地元の進学校だ。
今2年生の橙子は、成績的にはボーダーラインといったところ。
やはりM高出身の父親が、娘の合格を熱望していて、最近、大学生の家庭教師を雇った。
「どうなの?その家庭教師」
「どうって……いい先生だよ」
「男?」
「えっ?」
「その家庭教師」
「……うん」
「ふーん……」
敦史はハスを尖らせ、ズボンのポケットから、もぞもぞと何かを取り出す。
それから『カチッ』と何かの音がして、薄暗い空間がほんのり明るくなった。
彼を見ると、口元に小さな炎が見えた。
びっくりした橙子は、思わず、
「えーっ。敦史くん、タバコ吸うの?」
敦史は、橙子と反対方向に向けてふわぁっと煙を吐くと、まったく普通のことのような顔で橙子を見て、
「知らなかったっけ?」
「当り前じゃん。なんで?」
「友だちに勧められて、興味半分で吸ったら、嵌っちゃってさ。食後の一服は格別さ」
と、また美味そうに吸う。連動して、タバコの先がホタルのように赤く光る。
「止めた方がいいよ」
「未成年だから?」
「それもあるけど。そんなことより、体に悪いじゃん」
ワルの印象もあるけど、それもイヤだけど、真っ先に浮かんだのは、敦史の体のことだ。
乾いた笑いを浮かべる敦史に、
「肺がんになったら、どうするの?」
思い始めると、本当にそうなりそうでどんどん不安が募り、思い詰めたように訴える。それでも敦史は笑って、
「心配性だな、橙子は。俺はまだ10代だぞ。肺がんの方から逃げていくさ」
腕を捲り、力こぶを作って見せる。
「茶化さないで。ここで一緒に、お店開くんでしょ?」
なおも真剣な顔で言う橙子に、敦史は根負けしたというふうに、
「わかった。じゃ、橙子のために」
「違う。私と敦史くんのため」
「……そうだね」
「もう吸わないって、約束だよ」
「わかった」
敦史も真剣な表情になって頷くと、タバコをコーヒーの空き缶に捨てた。
一瞬、雲間から差し込んだ西日が、漂う紫煙を映し出した。
それを見ながら、敦史が、
「家庭教師は、週何日来るの?」
話を戻す。
「2日」
「じゃあ、ここにも2日、来たいな」
「……?」
「いや、3日……」
壁を見つめるように言う敦史のハスが、また少し尖る。
(妬いてくれてるんだ……)
敦史は分かりやすい。
困惑しながらも、ちょっと嬉しくなりながら、
「私もそうしたいけど……」
「……できないかな?」
「ごめん。秘密が守れなくなるよ」
「……そっか」
「でも……」
「……でも?」
橙子を見つめてくる。かかる吐息から、コーヒーとタバコの匂い。
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