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5.事件
それから3カ月ほど経った、冬のある日の夕暮れ時に、ひとつの事件が起きた。
それは、橙子と敦史にとっては大事件。
C区の東屋が燃えたのだ。
その日は月曜日。
いつものように、東屋で敦史と二人の時間を過ごし、帰宅してほどなくだった。
「こんばんはー」
家庭教師の飯田が玄関に入って来た時、遠くに消防車のサイレンの音が聞こえた。それは、近づきながらみかん山へと向かっているようだった。
(まさか……)
イヤな予感が走り、サンダルを引っかけて庭に飛び出し、山を見た。
「やだ……」
中腹に、オレンジ色の炎と灰色の煙が上がっている。
「どうかしましたか?」
飯田が隣に立って訊いてきた。
「あそこ……」
呆然と指差した先を、飯田も見て、
「えっ、もしかして、前に橙子ちゃんが話していた、東屋?」
「……」
黙って頷く。
*
3か月前、敦史と帰る途中、偶然コンビニの脇で飯田と出会った日の夜。
家庭教師にやって来た飯田には、休憩の時に敦史のことを訊かれてたこともあり、少し話をしてあった。
「友だちって言ってたけど、大丈夫なの?タバコの臭いもしたけど」
「大丈夫ですよ。彼は幼なじみなんで」
「受験勉強に影響するといけないから、ああいう人とは距離を取った方がいいんじゃないかな?」
「大丈夫ですから。そんな人じゃないんで」
いきなり自分の領域に踏みこまれた気がして、不快感を覚え、つい口調がキツくなる。
飯田は、少し呆れたという顔になって、
「まぁ、いいけど、これからの1年が、橙子ちゃんにとって大事な時期だっていうことは、忘れないでほしいな」
「……はい」
ムキになりかけた自分の心が見透かされそうな気がして、声を小さくして頷いてから、
「あの……」
と、申し訳なさげに飯田を見て、
「敦史くんと東屋で会ってること、絶対に誰にも言わないでいただけますか?」
「もちろん、言わないよ、そんなこと」
バカバカしいと言わんばかりの飯田は、それっきり、敦史のことを口に出すことはなかった。
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