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僕が中学二年生の時、隣の家に住んでいるヨシダ博士がタイムマシンを作った。
未来には行けない。しかし過去には百年くらい前まで行ける。
近所からは、トンチキな五流発明家くらいにしか思われていなかった(YouTubeに粗大ゴミ以上ガラクタ以下の発明品をよく載せていた)ヨシダ博士が仲良くしていたのは、町内で僕だけだった。
ヨシダ博士は、僕の祖父と同い年の六十五歳だ。
しかしそんな年齢とは思えないはしゃぎっぷりで僕にタイムマシンの完成報告をしてきたので、実際に乗せてもらって操作の仕方も聞き、僕も過去の世界へ何度か旅行してみた。
過去の世界はなかなか面白かった。道行く誰もがタバコを吸っては路上に捨てて汚らしかったり、金庫みたいに分厚いテレビがあったりした。
紙飛行機の羽みたいに左右にとがった肩パッドなんかは、よく意味が分からなかった。
教科書で見た深刻な天災に人々が団結して立ち向かったり、
なぜか真夏に街中の人がマスクをつけていて異様な雰囲気だったり、
一方で同じ時代に狂ったように爆笑しつつ道端でお酒を飲みながら口角泡を飛ばしている識字率が低い(「路上でお酒を飲まないでください」「騒がないでください」という張り紙の前だった)らしいグループがあったりと、
過去の時代を実体験するのはどんなものでも新鮮で楽しい。
そんなある日曜日。
僕はヨシダ博士に、
「これって、過去に行って歴史を変えるようなことをしたらどうなるんですか?」
と訊いた。
「うむ。どうやら、別々の未来が無限に枝分かれしてそれぞれに存在していくということはなく、時の流れは一本化されるようじゃ」
「つまり? たとえば?」
「たとえば、君が過去に行って君のご両親の結婚を邪魔すれば、この世界でも君は生まれなかったことになり、フッと存在が消えてしまう」
なるほど、そうなのか。
「博士、タイムマシンが完成したことを発表したら、うばわれて悪用されるかもしれないから、まだ内緒にしたほうがいいですよ」
博士は僕のアドバイスに対し、
「なるほど、確かにそうだ。まだ君以外の誰にも言っていなくてよかった」
と安どのため息を漏らした。
それを聞いて、僕は安心して博士の首を絞めて殺した。
そして、タイムマシンで、六十年前に行った。
■
現代に帰ってきた僕は、家の居間にいた両親に告げた。
「お父さん、お母さん。僕は過去の世界に行って、おじいちゃんを殺してきたよ。まだおじいちゃんは五歳だったから簡単だった」
両親はあっけにとられていた。
お父さんが震える声で言う。
「ど、どうしてだ。どうしてお前、そんなことを」
「僕が生まれるとき、お父さんは浮気していたそうだね。お母さんはそれでも、僕を生んで育てたいから、お父さんを許したんだよね。でも、お母さんは許しても、僕はお父さんを許せないよ」
「だ、だからって、なんでだ。なんでおれの親父を殺したんだ」
「お父さんのことも、そんなお父さんをこの世に生み出したおじいちゃんのことも、許せなかったんだ。でも僕が二人を殺したら、お母さんは悲しむだろうし、殺人犯の親として生きていかなくちゃならない。それなら、最初からいなかったことにすればいいと思ったんだよ。僕も、お父さんも」
お父さんが自分の体を見下ろした。
お父さんの手足は、だんだん半透明になって透けてきた。そのまま、空中に溶けるように体が消えていく。
「う、うわああああ! おれが消えてしまう! 助けてくれえ!」
「助けてだって? そのセリフは、つらい思いをしながら生きてきたお母さんの心の声でもあったんじゃないの? 今更遅いんだよ」
十秒ほど経つと、お父さんの体は完全に消滅した。
僕はお母さんに微笑む。
「お母さん、今までありがとう。僕も消えるよ。でも、お母さんの幸せをずっと祈ってる」
すると、お母さんも微笑んで、僕の両肩にそっと手を乗せ、言ってきた。
「いいえ、あなたは大丈夫よ。よかったわ」
終
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