55- 秋のはじまり

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55- 秋のはじまり

「つかさ~!こっちこっち」  大学の後期がスタートし、初めての教授の講義にも、朝の早い時間割にも、四苦八苦しながらなんとか慣れてきた頃。  久しぶりに、千葉の海に行った女子メンバーで集まり、大学のカフェでランチをした。  美織とは夏休み中もなんだかんだでよく会っていたけれど、鷺原さんや栞と会うのは千葉の海以来だ。栞は秋になって明るかった髪を暗めのピンクブラウンに染めていて、それが妙に大人びて、あか抜けて見えた。 「いいな~かわいい。あたしも染めようかな」  空いていた栞の隣に座りながら興味津々で言うと、 「染めなよ~。おすすめの美容院紹介してあげる」  と、スマホで行きつけだという美容院の名前を教えてくれた。  その手元の爪もツヤツヤとカフェの照明を反射して光る。秋っぽい、ベージュやオレンジ色のアートが施されたジェルネイル。 「栞、なんか気合入ってるね。ネイルも綺麗」 「そりゃ気合も入るよ。この中で彼氏いないのあたしだけだもん!!」  素直に、他意なく褒めたつもりが、栞には地雷だったらしい。急にワッと嘆いてテーブルに突っ伏したので、あたしはポカンとしてその後頭部を見た。 「栞、頑張ってんだって。夏休み中に彼氏できなかったから」  向かいの席から、カフェのロゴが入ったタンブラーを両手に持った美織が苦笑しながら教えてくれる。 「分かってるよ、ネイルしたり髪色変えて彼氏ができるなら、もうとっくに出来てるって」  腕に顎を載せて、栞がぶつくさ言うのを黙って見るしかない。自分はネイルもしていないし、美容院だって2か月近く行けていないが、彼氏がいるからって怠けている場合じゃない。  <今日美容院行ってこよ>  1年くらい前から伸びっぱなしの髪の毛は、肩甲骨を超えたあたりから長さをあまり把握していない。たまに巻いたりするので毛先のケアには気を遣っているが、特別ロングが好きで伸ばしているわけでもなかった。  <…暎臣さんはどっちが好きなのかな>  ロング?ボブ?それとも意外とショートヘアも好きかもしれない。  些細な事でも顔が浮かんでしまう人に、頭の中で問いかけてみる。 「つかさんとこは?相変わらず順調なんでしょ」  さっきの講義はあたし以外は同じ授業だったので、おおかた3人で夏の恋バナに明け暮れていたのだろう。あたしも美織や鷺原さんの恋バナを聞きたかったが、それも差し置いてまず突っ込まれた。  コンビニで買ったサンドイッチのビニールをぺりぺりと剥がしながら、「うん」と頷く。 「8月はインターン行ってたんでしょ~?」 「うん、8月いっぱい行ってたよ。9月もフォローアップで何回か行ってた。その後、同期だった人とか社員の人とも何回か勉強会してたよ。稲村さんもでしょ?」 「そうそう~。イナちゃんは普通にメーカーに行ってたけど、なんか他の人とめちゃ仲良くなったっぽくて~。週1で集まってるっぽいよ」  週1と聞くと頻繁だなと思うけれど、滝川さんも先月は3回くらい行っていたはずだから、そう思えばそれが普通なのかもしれない。 「すごいね、稲村さんも勉強会してんの?」 「ううん、普通にキャンプ行ったり飲みに行ったり」 「それただの遊び仲間じゃん!いいの、悠乃?」 「えーでも、みんな参加してるのに一人だけ行かないのって、なんかヤじゃない?」  確かに女子と2人で会ってるわけでもなく、ただ同期と仲を深めているだけだと思えば、それに参加しないでと言うのは自分でも気が引ける。  鷺原さんが反対しない事に内心で頷きながらサンドイッチを咀嚼していると、向かいの美織が「えー」と不満そうな声を出した。 「それはそうだけど、でも週1は多くない?つい先月会ったばっかの人たちでしょ?あたしなら嫌だなぁ」 「あたしもちょっと嫌かもー。内定して今後も会社で会うとかなら分かるけど…それでも嫌だな」  美織の意見に、栞もテンション低く同意している。  それを見た鷺原さんも、同じようにテンション低く黙り込んでしまった。 「――悠乃ちゃんも一緒についていくのは?」  あたしの言葉に、黙り込んだ3人が同時にこちらを向いてきた。 「勉強会なら気が引けるけど、遊んでるだけなら部外者が加わってもよくない?他の人たちも絶対このメンバーじゃないとってわけじゃないんだろうしさ」  部外者が一人だけは嫌だから他の人にも誰か呼んでもらって、と続けると、 「たしかにそれなら安心かも。どんな人たちと遊んでるのか見れるし、牽制にもなる」  と、美織が同意してくれた。 「それに、2人きりじゃないにしても、彼氏と一緒にいられるしね」  鷺原さんに笑いかけると、急に唇を引き結んで潤んだ目で見つめられた。  「つかさちゃ~~~ん」  甘い声で泣きそうに呼ばれて、あたしは「えっ」と慌てる。 「そうなの、ほんとは週末ずっと一緒にいられないの寂しかったの。2人きりじゃないのはつまらないけど、一緒にいられないよりはマシよね…」 「悠乃、そんなに我慢してたの?いつも淡白だから分かんなかったわ」 「淡白って言われるから~言いづらいの~」  自他ともに認識するキャラというのは、時々便利で、時々面倒臭いなと思う。  こうするのは自分らしくないとか、これは自分らしいとか、自分を分かったつもりになると安心して、逆にその枠からはみ出るのが怖くなる。自分らしくないことをするのは間違っているんじゃないかって。  <あたしのキャラってなんだろな…>  美織達や、滝川さんも、有難いことにありのままのあたしを受け入れてくれるから、そんなに深く考えたことがなかったなと思う。 「言いづらくても、思ってることがあるならちゃんと言った方がいいよ!」  と、美織がそれらしくアドバイスしているのを、カフェオレをストローで飲みながら見る。  ――何て言って聞くの?  花火の日、桐谷さんと喧嘩して仲直りできずにいた美織を思い出して、ちょっと可笑しくなった。  美織は、花火を2人で見ている時に正直に自分の経験を話し、怖かったことを打ち明けたと、花火の数日後に遊んだ時に聞いた。  あたしが予想した通り、桐谷さんの前の彼女はピルを常用していて、そのあたりはかなり認識の違いがあったとのことだった。そして、その日の夜に仲直りエッチで物凄く盛り上がったこともついでに教えてくれたことまで思い出した。  <…あの日の夜はあたしもおかしかったな…>  ――全部出すから、見て。  いつもは滝川さんとのそういう事については極力思い出さないようにしているのに、今のタイミングに限って急に脳裏に蘇ってきて焦った。  勝手に熱くなる両頬を押さえていると、栞に「どしたのつかさ」と不審がられた。 「全然、なんでもない。かゆかっただけ」
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