56- 彼氏の両親

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56- 彼氏の両親

「つかさ、11月の3連休の初日って何してる?あいてる?」  お待たせしましたパンプキンクリームショコラでぇす、と、カフェの店員に滝川さんへの返事を横取りされて、あたしは目の前に出されたかぼちゃ色のクリームが乗ったカップを両手で受け取った。  世の中は今週末のハロウィンに向けてかぼちゃ色一色だ。  その空気につられて、ハロウィン限定のカフェモカを頼んだあたしは、隣でいつものオリジナルコーヒーを持って待ってくれていた滝川さんを見上げた。 「えっと、多分空いてる。金曜日でしょ?」  滝川さんが、片手に持ったスマホをこちらに向け、カレンダーをあたしに見せてくれる。  確かに11月の3日は金曜日だった。バイトは土日の夕方だし、金曜日は他に予定を入れていない。 「じゃあさ、ホテルでご飯とか…どう?…俺の親と」 「親っ?」  あたしの反応を見越してか、やけに後半言いづらそうだなと思ったら、思いがけない単語を出されて素っ頓狂な声が出てしまった。  満席の店内を横切って外に出る扉に向かう。通路側の椅子に座っていた女子たちが、チラチラと滝川さんを見上げたり、盗み見したりする視線に気付いたが、何も知らない振りでスルーする。  外に出ると、まだ4時過ぎなのに空が夕暮れ色に染まり始めていて、秋だなと思う。  カップを口元に近付けながら、駅に向かって隣を歩く滝川さんを改めて盗み見上げた。  <秋服になってさらに目立つようになったんだよな…>  肌触りの良さそうな、モヘアの紺色のカーディガンをTシャツの上から羽織っていて、特にアクセサリーもつけていないのにそれが洗練されていて、本当に雑誌から抜け出してきたみたいに見える。  あたしとは逆で、数日前に髪の色を明るくしたのもあり、長身だし造形が整いすぎているからなんだかハーフのようにも見える。曰く、服の色が暗いからバランスを取って明るくした、とのことなのだが。  カーディガンの袖の先から綺麗な指が覗いているのが可愛さも醸し出していて、全く全方位にスキがない。  スキがないように見えるのに、あたしの反応にやや困ったような表情をするのが、もはやギャップなのかなんなのか分からない。 「そんな、かしこまった感じじゃなくて。ただ単に東京観光で来るついでに俺たちもどうかって話だから」  そういえば、滝川さんは今年のお盆休みはインターン真っただ中で、唯一帰る予定だった日は、神戸まで逃げたあたしを追いかけてきてくれたのだった。だから今年は全然帰省していないことになる。  そのことに思い至って、あたしはさーっと青ざめてしまった。 「ご、ごめんなさい。あたしのせいで帰省できなかったから」 「え?いや、そういう意味じゃないよ。たまに来るんだよ、2人でふらっと。それに実家にめったに帰らないのは前からだし」 「そうなんですか…。――あ、お兄さんも?」 「兄貴はたまに帰ってるかな。兄貴が帰るからどうかって聞かれるけど、大抵バイトで断ってる」  滝川さんが、両親に対して意外とドライなのが不思議な気分だ。大学院の学費を自分で稼ぐほど両親に負担を掛けまいとしているのは、両親への愛情とか、大切にしているからだと思っていたけれど。単に自立したくて、頑張っているだけなのかもしれない。 「ちなみに今回は兄貴はいないよ。――めちゃくちゃ会いたいって言ってたけどね」  後半をニヤリとした口調で言われ、あたしは咄嗟に返事に困った。お兄さんにあたしのことを話しているだけでなく、お兄さんに「会いたい」と言わしめるような何かを言った事が気になる。 「な、…何言ったの?」  思わず聞くと、滝川さんは楽しそうに笑って「教えなーい」と嘯いた。  その言動が可愛くて丸め込まれそうになるけど、理性を保ってそのカーディガンの袖を引っ張った。 「ねえ、教えてよ」 「じゃあ3日来てくれる?」  あたしが乗り気じゃないと思ったのか、そんな風に言われて一瞬言葉に詰まった。紹介してくれること自体は全く嫌なわけじゃない。ただ、「紹介したい」と言ってくれていたことが意外と早いタイミングで来たことと、そのお誘いが唐突で驚いただけで。 「もちろんそれは、お邪魔でなければ喜んで」  滝川さんに誤解させないように、全力で答える。その勢いにやや驚いたような顔をした滝川さんをさらに強い目で見上げ、 「…だからお兄さんに何て言ったの?」 「その上目遣い禁止、今」  ふい、と顔を背けられ、滝川さんがあたしの「上目遣い」が弱点ということを知った。  妙に悪戯心が刺激されて、腕を掴んで下からじっと見上げるが、滝川さんは頑なに顔を逸らして目を合わせようとしない。面白くなって何度も角度を変えてのぞき込んでいると、堪え切れなくなったのか、滝川さんが手のひらを柔らかくあたしの目の上にかぶせてきた。 「もーだめ。――帰ったら覚悟しときなよ」  視界を覆われた状態で顔を近付けて低く囁かれ、今度はあたしが反応に困る番。  カップを両手で持ったまま沈黙したあたしから滝川さんの手が離れ、再び開けた視界には、間近に滝川さんの甘い笑顔があった。  人目も憚らず抱きつきたい衝動に駆られたが、どうにか心の中に押しとどめ、代わりにその腕に両手を巻き付けた。 「いいよ」  甘えた空気を押さえられないのは滝川さんも分かっているのか、あたしの返事をそれ以上茶化すことはなかった。
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