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それから、メイン料理、デザートと料理が進むにつれて、会話も滝川さんの子供時代から高校時代のエピソードへと話が花開いた。あたしの神戸の話や大学での話も興味津々で聞いてくれ、食後のコーヒーのカップが空になっても中々話は途切れなかった。
8時をすぎて、滝川さんが腕時計を見たことで2人も時間の経過に気付き、名残惜しいながらもお開きとなった。
お父さんがカードでテーブルチェックを済ませる間、お母さんが「また千葉にも遊びにきてね」と言ってくれる。
「もちろんです、ぜひ」
「つかさちゃん、良かったらLINE交換しない?またお話したいわ」
と、バッグからスマホを出して、やや上目遣いで照れながら聞かれ、あたしはドギマギしすぎてどうにかなるかと思った。
「も、っもちろんです!」
「ちょっと母さん。調子乗らないでよ」
「あらいいじゃない。暎臣には面倒かけないわよ」
「どうだか…」
ぶつぶつとぼやく暎臣さんの前で、いそいそとLINEのIDを交換する。「滝川舞子」と言うアカウント名の横のアイコンが白いふわふわの猫だったので、
「猫、飼ってるんですか?」
と聞くと、何かのスイッチを押されたかのようにお母さんがキラキラとした目を向けてきた。
「可愛いでしょ、今2歳なの。つかさちゃんは、猫は好き?」
「好きです、飼ったことはないですけど」
「良かったら撫でに来て。人懐こくて愛想いいのよ。息子と違ってね」
「俺普通だってば…」
お母さんはワインを飲んで調子が出てきたのか、猫を褒めながらも滝川さんをおちょくっていて、それが仲の良い母子のじゃれあいのようで見ていて微笑ましい。
会計を済ませたお父さんがじゃあそろそろ、と席を立ったので、あたし達も席を立ち、広々としたレストランを出口まで歩く。2人はこのままこの上のホテルに泊まるので、このフロアでお開きになる。
レストランを出たところで、先にエレベーターのボタンを押しに行った滝川さんの後ろ姿を見やり、お母さんが改めてこちらに向き直った。
「暎臣から彼女を紹介したいって言われたのは初めてなのよ。とても嬉しいし、楽しい時間だったわ。これからもよろしくね」
そんな風に言って貰えるのが嬉しすぎて、思わず言葉に詰まった。
一度頭を下げてから、涙を堪えて「あたしも」と、言葉を絞り出す。
「今日は楽しかったです」
お母さん達の優しい顔を見ていると、その言葉だけで終わるのが勿体無い気がした。ずっと心の奥にある気持ちを伝えたいと思って、お母さんに向き直った。
「ーーあたしは、暎臣さんを尊敬しています。彼のおかげで、毎日が豊かになりました。その今の彼がいるのは、お二人のおかげです。そんなお二人と会えて、感謝を伝えられて嬉しいです」
ありがとうございます、と改めてお礼を言った。
恥ずかしいことを言ってしまったかもしれないと、顔を上げるのがゆっくりになってしまう。
だけど、お母さんは何も言わず、優しく両手を握ってきてくれた。
エレベーターホールから戻ってきた滝川さんが、あたしとお母さんが手を握り合っているのを見て、不思議そうな顔をする。
「? 何してるの?」
「友好を深めてたのよ」
ふんわりとした返事に、滝川さんがますます不思議そうな顔をする。
「よく分からないけど…つかさも嫌だと思ったら嫌って言っていいんだからね」
「まあ、失礼な子」
ねぇ、と同意を求められて頷きかけたあたしの胸の前に、滝川さんが後ろから腕を回して引き寄せる。
「もういいから。エレベーター来たよ」
と、音もなく開いたドアを親指で示した。
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