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終始ニコニコと笑顔だった2人を見送り、あたし達も帰るべく今度は「下」のボタンを押してエレベーターが来るのを待つ。
「今日は付き合ってくれてありがとね。お疲れさま」
2人がいなくなって、やはりまだどこか緊張していたのか、肩の力が入っていた自分に気づいた。
隣で柔らかい表情の滝川さんに見下ろされて、「ううん」と首を横に振った。
「こちらこそ、連れてってくれてありがと。すっごく、とっても、めっちゃくちゃ楽しかった」
「それならよかった」
神戸で、突然実家に連れて行っても、にこやかに自然体であたしの両親に接してくれた滝川さんを思い出す。
気を使うだろうに、率先して会話をしに行って、父親の晩酌にも長い時間付き合ってくれて。それでも楽しかったと言ってくれた。
滝川さんがあたしの両親を受け入れて大切にしてくれるように、あたしも滝川さんの両親を大切にしたい。
そう思うと、この短い食事の時間を自然ととても楽しく感じながら過ごせたのだった。
<…そういえば>
さっき、お母さんから言われた言葉を思い出す。
――彼女を紹介したいって言われたのは初めてなのよ。
滝川さんに誘われた時、『両親が2人でどうか』という言い方だったから、てっきりご両親が誘ってくれたものだと思っていたけど。
「今日の食事会って、暎臣さんがご両親にあたしのことを『紹介したい』って言ってくれたの?」
「ん?」
「さっきお母さんが。暎臣さんがそんなこと言うのは初めてだったって言ってて。ご両親が好意で呼んでくれたんだと思ってたけど」
エレベーターが来るまでの何気ない会話のつもりだったけど、あたしの言葉に滝川さんが不自然にむせたので、え、と顔を上げた。
腕で顔の下半分を隠し、あたしから体を背けられる。
「…暎臣さん?」
「――細かいことは、あんまり聞かないで」
なんでそんなに動揺するのか分からず、顔を背ける滝川さんをじっと見つめていると、髪が掛かる耳がとても赤いことに気付いた。
さらりと誘われたから、滝川さんの中ではそこまで重要なイベントごとではないのだろうと思っていたけれど、実はそうではないかもしれないという可能性に、初めて思い当たった。
美織の物凄く慌てた顔が脳裏に浮かぶ。
<だから、…このひとは、もう>
思いっきり抱きつきたい気持ちを抑えながら、おずおずと滝川さんの手に指を絡ませて繋ぐ。
「…また会いたいな。暎臣さんのお父さんとお母さん」
エレベーターの階数表示が点滅するのを見上げて呟くと、滝川さんが何も言わずに見下ろしてきた。
「俺もまたつかさのお父さんとお母さんに会いたい。お姉さんにも」
チン、と小さく音が鳴り、エレベーターの扉が開く。
誰も乗っていないエレベーターに、滝川さんが先に入っていくのについていきながら、ぽつりと呟いた。
「…。なんか、さ」
「ん?」
「自分の家族を、大好きな人にそう言って貰えると、嬉しくて泣きそうになるね」
嬉しいが行きすぎて、涙がじわりと滲んでくる。
泣くことじゃないと思って笑って誤魔化そうとしたら、滝川さんが優しい声で「俺も」と返してきた。
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