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58- 別れ、それから
コーヒーのいい香りで、浅い眠りからふと目覚めた。
11月も中旬を過ぎて、そろそろ朝晩はヒーターがないと寒いなと思いながら、肩まで掛けていた布団を鼻の下まで引き上げて体を丸める。
と、頭の上のあたりにふわりと人の気配を感じて、顔を布団から出した。
目の前に、コーヒーのアロマよりも癒し効果がありそうな、滝川さんの優しい笑顔。
「おはよ。そろそろ起きる時間だけど」
寝ぼけてぼんやりしたあたしの頬に手を滑らせ、乱れて散った髪の毛を優しくすいた。
「んう~…まだ眠い」
「白湯入れてるよ」
布団の中でぐずるあたしとは逆に、滝川さんはいつ起きたのか、もう今すぐ家を出られそうなくらいしっかりとした顔をしている。
昨晩から月一のものが来て、寒いのも相まってか久しぶりに腹痛がつらく、せっかく滝川さんの家に泊まったのに大して何もしないまま、早々と寝てしまったのだった。
寝たのが早かったので、滝川さんは起きるのが早かったようだけど、貧血気味のあたしは寝ても寝ても寝足りない。
この期間は、大抵3日目まで体がしんどくて、付き合ってから何度かそういうあたしを見ている滝川さんは、今何が欲しいか、何をしてほしいかを今では完璧に把握してくれている。
そしてそれ以上に、寝起きの白湯だったり、食べ物のことだったり。そこまでしてくれるの、と感動するくらい優しくて、本当に大切にされているなと実感して、幸せな気持ちになる。お腹が痛いのも和らぐほど。
のろのろと体を起こすあたしを、滝川さんがベッドの端に座ってじっと見守ってくる。
「大丈夫?起きれそ?」
「うん、大丈夫」
答えながらベッドを降りかけて、ふら、と体が傾いたのを滝川さんがすかさず抱きとめてくれた。
「ああ、ほら。無理しないで」
と、優しい声で言い、そのまま柔らかく抱きしめられた。
「今日やっぱ講義休んだら?午前のやつだけでも」
「んー…。そうしようかな」
体に直接響く低い声に、気持ちが良くなって目を閉じる。胸に頭を預けると、労わるように頭を撫でられた。
温かいし、優しいし、もうここから抜け出せなくなりそうなくらい気持ちがいい。
素直に甘えるあたしを、滝川さんはどこまでも甘やかせてくれる。最近、とみに。
<…甘やかし上手なんだよな>
「でも、夜のバイトは行く」
甘えてどろどろに溶けそうな思考回路を叩き起こすために呟くと、滝川さんが「言うと思った」と苦笑交じりに言った。
「だって、このままだと一生ベッドで寝てそうだもん」
「寝てたらいいよ。好きなだけ」
「でも、暎臣さんのベッドだし」
「うん。一人で寝させるより全然安心」
「ただの生理なのに…」
「いいの、つかさは甘えとけば」
俺が甘やかしたいだけだから、と、そのままあたしを抱っこしたままベッドに横に倒れた。
まだ寝起きで温かい布団を一緒に被る。ぬくぬくとした温度に包まれて、一気に眠気に襲われる。
「やば、また寝そう…」
滝川さんの首筋に鼻を摺り寄せながら目を閉じると、こめかみあたりでクスクスと笑う声が聞こえた。
聞こえる声も、触れる温度も、全部が温かくて優しくて、あたしはまた穏やかな気持ちで二度寝をさせてもらったのだった。
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