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「つかさ、今日大変だったな」
バイト終わりに、いつものように稜平と近くのご飯屋で遅い晩御飯を食べた。
稜平はあたしが叱られている最中、外出でいなかったが、その後帰ってきて事務所で他の社員から顛末を聞いたらしい。中森さんはもちろん、店長も社員さんも物凄く御礼を言ってくれたが、あまりうまく対応できなかったので、労われるとそれはそれで心苦しい。
「ううん、全然。何にも出来なかったし」
「そんなことないだろ。つかさが話を聞いててくれたおかげで、あのおじさん事務所で早めに落ち着いたらしいぜ」
「それは店長がまろやかに対応してたから…」
クレーム対応をしてみて、やはり経験を積んだ安定感のある社会人男性というのは、それだけで武器だなと思う。年配の男性には「年下」「女子」というだけで舐められる。明らかに経験値が足りてないから。
<…悔しいな>
「そう落ち込むなって。つかさの対応が間違ってなかったことは確かなんだから」
視線を落としてばかりのあたしの頭に、ぽんぽんと稜平の優しい手が載った。
その手があまりに優しくて、思わず顔を上げると、正面にもっと優しい笑顔を浮かべた稜平がこちらを見つめていた。
「初めてだったんだろ?普通、初めてならビビッて店長の電話が終わるまで待つよ。それを待たずに自分でどうにかしようと前に出たのがすごいよ。俺はその勇気に感動した!」
最後を茶化すように言うので、思わずふっと笑ってしまう。
あたしがやっと笑ったので、稜平が向日葵みたいに大きくニコニコ笑った。
「そーそー。笑ってなって。そのおっさんだってもう今日の事忘れて酒飲んで寝てると思うぜ」
「ぷ。お酒飲んで寝てるんだ」
「そんなもんだぜ、おっさんなんて。明日には言った事半分も覚えてないよ」
あまりの言いように、あたしはクスクスと笑った。
稜平の、あたしを元気づけようとしてくれる優しさが嬉しい。稜平らしい言葉で、笑わせてくれる。だから好きなんだと思う。
「…ありがと、稜平さん」
「全然。つかさが笑うまで、俺は笑わせるまでよ」
<…誰のものにもなってほしくないなぁ>
笑ってフォークでサラダをつつきながら、そんなことを思う。
コンパなんて本当は行ってほしくない。誰か特定の女の子を、特別な目で見て欲しくない。
もし、誰かのものになってしまうくらいなら、――あたしが彼女になりたい。
稜平に対して、その時ハッキリとした独占欲を持ってしまった。
美織の顔が脳裏に浮かんできて、あたしは静かに、小さくため息を吐いた。
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