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森の賢者
「木が、喋った」
トーリが驚いていると、また話しかけてきた。
「僕はこの森で一番古い樫の木だよ。森の皆んなからは、レイヴィン爺さんとか、森の賢者なんて呼ばれているよ」
幹にあいた大きな穴から聞こえてくる。
「レフェフリータはおしゃべりが過ぎて声を奪われてしまったけれど、君は妖精達に何を奪われたんだい?」
レフェフリータは元々人間だったとリーキ達が話していた。トーリが奪われたものは……。
「食べること……でしょうね」
「元の世界へ帰りたいのかい?」
ゆったりとした風のような声。
「どうでしょう。家族に愛想を尽かされて帰る場所なんてないのですが。でも、今、妻の手料理が恋しくて仕方ありません」
「森の外の世界は素晴らしいからね。美味しいものもたくさんあるし。僕はもうここから動けないけれど、懐かしいなぁ」
「懐かしい?レイヴィン爺さんは木でしょう。森の外など見たことないんじゃないですか」
「ふふふ。遠い遠い昔にね。ドラゴンに乗って戦争に参加したり、歌を歌いながら世界中を旅したよ。昔話を聞いてくれるかい?」
それからトーリは、レイヴィン爺さんのお伽話のような冒険譚を夢中になって聞いた。
いろんな旅人から聞いた話を、まるで自分のことのように話しているのだと思ったけれど、どの話もとても面白かった。
「あぁ、レイヴィン爺さんの話や、ここでの妖精達の話を小説にできたらどんなに良いだろう」
ぽつりと漏らしたトーリの言葉に、レイヴィン爺さんがフォーッとひとつ息を吐いた。
「レフェフリータはもうここの住人になってしまったけれど、君はまだ選べるよ。
過去にも未来にも行けるここに留まるか。
時間は一方方向にしか進まないけれど自由に移動できる世界へ戻るか」
「帰りたいです」
トーリは即答した。
「そう。それなら簡単さ。彼らの前で、君は自分の名前を正確に伝えるだけだよ」
「自分の名前……そんなことで?」
「輪が切れれば縁が切れる。妖精なんてのはややこしいようで簡単だよ」
たくさん話して眠たくなったと言って、森の賢者は眠りについた。
『グォーグォー』と獣の唸り声のような大きなイビキをかいて。
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