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離れた時間を埋めていく
「……久しぶりだな」
「そ、そうだね……中学卒業以来会ってないもんね」
「まだワンドル好きだったんだな」
「当たり前じゃない。一生ついていくって思ってるもの」
すると悠李はクスリと笑った。ずるいな、そんな綺麗な笑い方。すっかり大人になったんだな、と思う。
「なあ月葉。せっかく13年振りに再会したんだし、この後飯でも食いに行かねぇ?」
「え……」
どうしよう。行きたいような、行きたくないような。今はフリーだから、何の問題もないってわかってるけど。
「あ、彼氏とかいて無理なら全然断ってくれていいけど」
「それは大丈夫。ちょっと前に別れたとこだから。それより悠李こそ彼女とか大丈夫なの」
「俺も今はいないから平気。じゃあ、場所変えよっか」
ちょうどAブロックの退場許可がアナウンスされたので私たちは一緒に席を立った。大勢の観客の波に揉まれながら出口を目指す。
あまり背が高くないので埋もれてしまいそうな私を気遣いながら、悠李は出口まで連れて行ってくれた。
駅へ向かう人は多く、ゆっくりとしか進めない。その間に、あらためてお互いの近況紹介をし合った。
「へえ、月葉は商社の経理なのか」
「うん。一応簿記資格も持ってるしね、もう経理畑で一生やっていくつもり」
「俺は公認会計士の資格取ったんだ。出張が多くて大変だけど、やりがいはあるよ」
「公認会計士⁈ 難しい資格じゃない! すごいなあ」
聞けば、悠李の勤めている会社は『エブリ監査法人』。監査法人ビッグ5の一角といわれる大きな会社だ。大企業の監査を主にやっている会社。そこのシニアスタッフだというのだから、かなり優秀な人材なのだろう。
「別にそんなことはないけど……まあ、少しは頑張ってるかな」
悠李はちょっと嬉しそうな顔をしていた。
「決算が多い時期は忙しいでしょう」
「うん。けっこうクライアント抱えてるから」
「うちの会社も3月決算だから、4月5月の経理部はてんてこまいよ」
そんな風に現状を報告して、離れていた時間を埋めていく。これが、悠李でなかったら恋に発展していたのかもしれないけど、それだけは絶対にない。
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