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え? と驚いた顔をした。自分に怒りの矛先が向くとは思っていなかったようだ。
「それでも……真吾さんがお空に旅立ったあの子のことを真摯に悲しんで寄り添ってくれてたら、まだよかった。でもあなたはホッとした顔をしていたし、落ち込む私を面倒くさいと思っていたでしょう?」
「そ、そんなことないよ! 俺だって悲しかったさ。でも俺は男だから実感がなくて……」
「もういいの。辛い時に寄り添ってくれない人とこの先一緒に生きていくつもりはないから。別れましょう」
「ま、待ってくれよ美音! 俺、悪かったところを直すから……親にも、早く結婚しろって言われてるんだよ」
「ご両親にはちょうど今、うちの親が電話して婚約解消の説明をしているところです。あなたが二股をしていたことを含めて全部」
「そんな……何勝手に電話してるんだよ! だったら、お前が俺を騙して妊娠したこともちゃんと言うんだよな?」
本性を現したな、と私は軽蔑の目を向けた。
「ええ。それも言うわ。ところで……訴えたところで私にも非があるのだから無理かもしれないけど……気が済むのならやってみろって、うちの親にも言われてるの。だから、そのうち慰謝料請求の訴状が届くかもしれませんのでそのつもりで」
「嘘だろ。裁判……?」
(電話は本当だけど裁判は嘘。もう関わりたくないからそんなことはしない。でもせいぜい、怯えて暮らすといいわ)
私は立ち上がり、コーヒー代を置いた。あの時の月葉さんと同じようだ、と思った。
「ハンバーグセットのお客様ー」
店員が料理を運んできたので、その後ろをすり抜けて店を出た。真吾さんは呆然と座ったままだった。
(もうあんな男に用はない。会社を辞めて部屋も引っ越そう。でもその前に……)
スマホを取り出し、もう掛けることもないと思っていた元カレの名前を押す。番号が変わっていませんように。
数コールですぐに懐かしい声が聞こえてきた。
「もしもし。久しぶりじゃん、美音。元気にしてた?」
「刹那、久しぶり。なんか声聞きたくなって。お店は変わってないの? あ、違う店に移ったんだ。あのね、知り合いを連れて行きたいんだけど、お店の場所教えてくれる? うん、また連絡する。よろしくね」
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