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『誰かに虐げられた経験はずっと心の中に残る。父さんは、月葉にそんな経験をさせてしまったことをずっと後悔してるし申し訳なく思っている。すまなかった』
『やだお父さん、いいのよ。お父さんだってずっと辛くてしんどかったの、私わかってるから……それに、離婚してくれたおかげで私は今、すごく楽になってるんだもの』
父は、忙しい仕事もしながら家事をやらされていた。仕事と家事と育児、その負担でほぼ精神を病みかけていたという。
『毎日罵倒されながら帰宅後に家事をやっていた。そんな中で月葉の笑顔と成長だけが支えだった。その月葉から笑顔が消えた時、もうこれ以上はダメだと離婚を決意したんだよ』
だからあのタイミングだったんだ……私が悠李と別れどん底に落ちていたあの時。それから父は準備を始め、一年後に離婚を成立させた。
『悠李くんはとてもいい青年だと思う。だけど、結婚してしばらく経ってみないとわからないこともある。もしどうしてもダメな時は、我慢しないですぐに帰ってくるんだぞ。我慢なんて、いくらしたっていいことはない』
この時はまだプロポーズされていなかったから現実的に思えなかったけど、今ならわかる。結婚してから別れることの大変さをよく理解しているからこそのアドバイスなのだ。
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父との会話を思い出すうちに新幹線はどんどん東京へ近づいていく。
「悠李、東京に着いたらそのままお父さんに報告に行かない……?」
「え、いいの? 俺は早いほうがいいから全然オッケーだよ。お土産も渡せるしね」
「お菓子もたくさん買ったからまた張り切ってコーヒー入れてくれるわね、きっと」
悠李が私の手を握って微笑む。その顔を見ているとキスしたくなっちゃったけど、新幹線でそんなことはできない。だから手を五回、ぎゅっと握る。ア、イ、シ、テ、ル、のつもりで。わかってくれるかな?
悠李が耳元で囁いた。
「俺も」
わかってくれた。私は嬉しくて微笑んだ。
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