いつも訪れるピンチとヒーロー

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「つまり、自分に癒しのキスをもう一度施して、痛み軽減させるってことか」  納得した花内くんはにっこにこの笑顔を私に振り撒いて眉根を下げた。 「もう瀕死の状態回復しちゃったから、は無理なんだよ。それに、身体に問題のない人にキスすると“とある作用”が働いちゃうから、危険なんだよ」  周囲にいる皆んなも知っているのか、途端にソワソワとし始めた。 「とある作用って」  “催淫効果”が出てしまうという?! 「試してみよっか、瀬戸内さん」  愛らしくもカッコいい一番星は、どこか艶かしく微笑んで言った。  は、花内くんが私に癒しのキスではなく、別の・・・?! 「まっ」 「揶揄うのもその辺にしたら。授業始まってる時間だし」  最前列に座っていた黒髪眼鏡の男が、気怠げに静まり返った教室でつぶやいた。  教卓の前で頬を赤らめ、手のひらで顔を隠しながら指の間から私たちを見つめていた担任の春日先生(男性)は、みんなの視線を受け止めて、コホンッと咳払いを一つ吐いた。 「あー、みんな席につけ〜」  期待したのに〜。良かった、しちゃう流れかと思ったなどという声がヒソヒソと聞こえてきて、今更になって全身が燃えるように熱くなった。  恥ずかしっ!!!  花内くん、どうしてあんな冗談言ったんだろ。  場の空気は驚きで時が止まってしまっていたし、月島くんが声をあげてくれなかったらと思うと、きっと居場所を失ってしまっていたのではないかとゾッとした。  なんなら、これこそニュースに取り上げられてしまいそうだ。誰かリークしないよね?と不安に思いながら、1時間目からある英語に憂鬱さを感じた。  それから1日はただひたすらに花内くんはいつも通り体育でサッカーしたり、怪我した素振りなど一切なく過ごしていた。  私の杞憂で済んだのだろうか。 ホッと胸を撫で下ろして、昼休み休憩を終える裏庭で花の水やりをやっていた。  「あれ、花内くんじゃない?」  朱莉ちゃんと共に美化環境委員としての役割を2人でこなしていたのだが。  普段ならクラスの中心で1人で行動なんてすることのない花内くんが、裏庭のベンチで横になって寝ていた。 「ひゃー、寝ていても麗しの一番星様だね。 寝てるだけなのに輝いてるぅ」  イケメンは目の保養ね〜と、スヤスヤ寝息を立てている彼を2人でそっと目の前までやってきた。  その一番星の顔には無数の傷があり、痛々しくも赤黒いアザに胸が痛む。  この人たちは、私たち一般市民を守るために日夜戦ってくれていることを、忘れてはならない。  いくら“癒しのキス”があっても、命を懸けて挑んでいる。 「みんな忘れてるけど、私たちと同じ高校生なんだよね」 「あー、うん。そうだったね。そう考えると、ヒーローってやっぱ偉大だね!」  棒読みに近いのは、アトラス彗星様推しだからだろうけど、彼女もどこか遠い目を向けてつぶやいた。 「ほんとに、孤独な世界感なんだろうね」  “孤独な世界感”。  朱莉ちゃんの言葉はどこか他人行儀でいて、だけど的を射てるような気がする。  私たちにはわからない重圧があることだろう。使命感もあるからしれない。  こうやって私たちと過ごしている時くらい、平和でありますようにと願いたい。
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